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最初に目的地の喫茶店に着いたのは百合香だった。待ち合わせをしているのは婚約者で協力者の京一郎である。
「また事件に首を突っ込んで…」
スーツの上からでも分かるほどに鍛錬された身体を持つ男は、そう言いながら少々呆れ気味に吸っていた煙草の火を灰皿に押し付けた。
「あら、身体に悪いと分かっているのに禁煙しない京一郎さんと一緒ね」
「……ほどほどにしなさい」
きまりが悪そうに咳払いをした京一郎に百合香は悪戯っぽく笑った。
彼は、以前、警察官として警察庁に勤めていたが、ある事件をきっかけに退職し、今は民間の身辺警護専門社を経営している。依頼者や要人の安全を守ることを目的とする身辺警護は警備業界では四号業務と呼ばれ、専門的な知識と技術を要する職種だ。
「刑事さんはまだらしてないのね」
「もう来るだろ。紅茶でも飲むか?お前はコレさえ与えとけばいいからな」
「まあ!ひどいわ。でも京一郎さんがわたくしの好みを覚えてくださるのは嬉しい」
店員にコーヒーと紅茶を頼んだ後は、しばらくのあいだ久しぶりに二人の時間を過ごした。京一郎の仕事の関係上、お互いの休みが合うのは中々難しいのだ。
恋人との甘い一時に終止符が打たれたのは、店内の時計が一時を報せる音を鳴らした頃。百合香たちの他にいたもう一組のカップルとすれ違いで入ってきた若い男が京一郎を見つけて声を上げた時である。
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