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「いえ。宮内なら知っているかもしれません。奴は顔だけは広いですから」
「いや、だけって酷くない?確かに交友関係は広いけど、自慢できるのはそれだけじゃないし!」
「ほう。例えば?」
棚から電気ケトルを取り出しながら不満をあらわにした宮内虎之助に対し、
武士は興味深そうに続きを促した。
「顔がいい!」
「真行寺先輩ほどではないだろ」
その指摘は虎之助が一番感じているところだ。高校に入学する前の人生において常に女性から特別に好意的な眼差しを向けられ、それはずっと続くと思っていた虎之助だが、彼は悲劇的にも真行寺宗二という存在に出会してしまう。軽薄そうな見た目の虎之助と気品がある宗二。今まで好意的だった視線の数が一気に減り、あまりチヤホヤされなくなってしまったのだ。
「……性格がいい!」
「それは自分で言うものではなく他人から評価されるものだ」
「……かっこいい!」
「どこがだ?まだ半人前の貴様にそのような言葉は相応しくない」
「……お、お前にそんなこと言われても怒らない器の大きさ!」
これならどうだと自信ありげな虎之助を武士は鼻で笑う。
「貴様は他人に大切な物を壊されても優しく微笑んで其奴の心配が出来るか?」
武士が引き合いに出したのは一昨年の暮れの出来事。百合香の自室を掃除していたメイドが彼女が大事にしていた時計を誤って床に落としてしまったのだが、その時に彼女は真っ先にメイドの身の心配をし、怪我がなかったことが分かると「物はいつか壊れるわ。この時計はそれが今だったのよ」と声をかけたのだ。それを見ていた武士は百合香の穏やかさと器の大きさに感動し、百合香を執事兼用心棒として一生守っていく決意を新たにしたという。
「くっ、無理です」
「やはり貴様は顔が広いだけの男ではないか」
武士はどういうわけか虎之助への評価が低かった。決して仲が悪いとか過去にいざこざがあったとかではないのだが、彼らがこうして言い合うのも珍しくないのだ。
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