喫茶店の紳士

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「ここのコーヒーもこれが最後になりますね」 中島さんは、そう言いながら、いつもの席へ着く。 だけど、今日は2冊の本は取り出さない。 感慨深い面持ちで、外をぼんやり眺めていた。 窓から射し込む穏やかな光に、中島さんが連れ去られてしまう気がした。 「最後のコーヒー。お願いね」 ミユキは、私の肩をぽんと叩く。 無言で頷いて、アルコールランプに火をつけた。 フラスコのお湯が沸騰する。 ロートに挽きたてのコーヒー豆を入れてセット。 上昇したお湯をかき混ぜ、火を止める。 出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。 これが、中島さんに淹れる、最後のコーヒー。 カップを持つ手が、微かに震えている。 「持っていける?」 ミユキが心配そうに私に顔を覗き込む。 「…うん」 私は、それを中島さんの席へ。 笑顔で、このコーヒーをお出ししよう。 今まで、ありがとうございましたって。 その気持ちを込めて。 「お待たせいたしました」 そのコーヒーを席に置いた瞬間、私の目から、涙が零れ落ちた。
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