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「ごちそうさまでした」
中島さんは、席を立つ。
「いつもありがとうございます。お気をつけて」
見送ろうとした時、彼は、ふと足を止め、
「ビル・エバンス」
一言漏らした。
「はい?」
「今日のBGMはジャズなんですね」
確かに、店内に流れているのは、ジャズ。
いつもはクラッシックのチャンネルにしていたのだが、店長の気まぐれで、今日はジャズのチャンネルに変えていたのだ。
「ジャズ、お好きなんですか?」
「ええ。よく聞いています」
「そうなんですか。私も聞いてみたいと思っているんですが、さっぱり、わからなくて。おすすめありますか?」
「ロバート・グラスパーなんて、どうでしょうか?」
「ロバート・グラスパー??」
「はい。先進的で美しいですよ。では、また」
彼は、笑顔で会釈をして、店を出て行った。
その背中をうっとりと眺めていると、
「おーい」
店長のミユキが私の背中をつっついた。
彼女は、高校の時の同級生で、数年前、両親から、この喫茶店を受け継いだ。
半年前、仕事を辞めて、ぶらぶらしていた私を雇ってくれたのだった。
アンティーク調の椅子やテーブル。
サイフォンで沸かすコーヒーの香り。
窓から差し込む、穏やかな光。
懐古的な雰囲気が評判のお店で、何度か、タウン誌に掲載されたことがある。
「なに?」
「また、見とれちゃって。」
あきれたように、ミユキは息を吐く。
「だって、素敵すぎる。」
「あんた、来月入籍するくせに。」
そうだった。
私は、来月、カズと籍を入れる。
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