82人が本棚に入れています
本棚に追加
「ここのコーヒーもこれが最後になりますね」
中島さんは、そう言いながら、いつもの席へ着く。
だけど、今日は2冊の本は取り出さない。
感慨深い面持ちで、外をぼんやり眺めていた。
窓から射し込む穏やかな光に、中島さんが連れ去られてしまう気がした。
「最後のコーヒー。お願いね」
ミユキは、私の肩をぽんと叩く。
無言で頷いて、アルコールランプに火をつけた。
フラスコのお湯が沸騰する。
ロートに挽きたてのコーヒー豆を入れてセット。
上昇したお湯をかき混ぜ、火を止める。
出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。
これが、中島さんに淹れる、最後のコーヒー。
カップを持つ手が、微かに震えている。
「持っていける?」
ミユキが心配そうに私に顔を覗き込む。
「…うん」
私は、それを中島さんの席へ。
笑顔で、このコーヒーをお出ししよう。
今まで、ありがとうございましたって。
その気持ちを込めて。
「お待たせいたしました」
そのコーヒーを席に置いた瞬間、私の目から、涙が零れ落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!