喫茶店の紳士

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「こんにちは。今日は風が強いですね」 店内に現れた中島さんは、春物のコートを脱ぎながら、いつもの優しい笑顔で、挨拶をしてくれる。 「そうですね。春一番、ですね」 「そういえば、九州では、桜が開花したそうですよ」 「早いですね。こちらは、いつ頃咲きますかね?」 「どうでしょうね。例年より早い気がします。来月の頭には、咲くんじゃないでしょうか」 中島さんは微笑みながら、いつもの窓側の席へ腰を下ろした。 そして、カバンから2冊の本を取り出す。 ビジネス書と小説。 彼はいつも、2冊を交互に読む。 その方が、早いペースで読み進められるらしい。 私は、サイフォンのアルコールランプに火をつけた。 フラスコのお湯が沸騰したら、ロートに挽きたてのコーヒー豆を入れる。 中島さんは、いつも、コロンビア。 フラスコにロートをセットして、上昇したお湯を、へらでかき混ぜる。 火を止めて、フラスコに落ちたコーヒーを、カップに注ぐ。 「お待たせいたしました」 「ありがとうございます」 彼は、いつも丁寧だ。 言葉づかいから、挨拶から、身のこなしまで。 歳は、40代くらいだろうか。 皺のないスーツとワイシャツ。 落ち着いた色合いのネクタイ。 いつも磨かれている靴。 清潔感があって、上品で、洗練されている。 これが本当の紳士。 それに比べて、私の彼氏ときたら。 3つ年下の彼氏、カズとは、同棲して1年経つ。 整理整頓が苦手で、私が留守にすると、いつも部屋はぐちゃぐちゃになる。 脱いだものは脱ぎっぱなし。 食べたものは食べっぱなし。 ゴミはゴミ箱に捨てていない。 それで、何度ケンカになっただろう。 中島さんは、絶対にそんなことしないんだろうな。
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