喫茶店の紳士

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「こんにちは」 午後3時過ぎ、中島さんが店内に現れた。 「こんにちは。いらっしゃいませ」 彼は優しい笑顔で会釈をして、いつもの窓側の席へ座る。 今日も、本を2冊。 「お待たせいたしました」 席へコーヒーを置く。 「ありがとうございます」 また、丁寧に挨拶をしてくれる。 「あの、早速、聴いてみました。ロバート・グラスパー」 「そうですか。お気に召しましたか?」 「はい。大人になったような気持ちです」 すると中島さんは、 「大人ですか」 と、面白そうに笑ってくれる。 なんだか、バカ丸出しの感想を言ってしまったなと後悔。 もっと、大人な会話をしないと。 「そういえば、最近、太宰治の『女生徒』という作品を読んだんです」 中島さんの好きな作家は、太宰治。とミユキに聞いていたから、密かに読んでいたのだ。 「中期の名作ですね。好きな作品のひとつです」 「思春期特有の女の子の気持ちが、よくわかるなぁって、感心しました」 「あれは、元々女学生の日記を元にして、書かれたものなんですよ」 「ああ、そうなんですか。どおりで」 「それを元にして書いたとはいえ、主人公の心の動きは、太宰そのものですから、彼は、女性的な精神を持ち合わせていたのかもしれませんね」 中島さんと、ジャズと太宰について語り合っている。 コーヒーの香ばしい香りと、彼のゆっくりとした、穏やかで優しい声。 こんなに、心地いい空間があるなんて。 ずっと、話していたかったが、中島さんの貴重な時間を邪魔するわけにもいかないので、 「他にも、おすすめの音楽や小説があったら、教えてくださいね」 話を切り上げて、席を離れた。 カズとは、こんな会話、出来そうもない。 ないものねだりだって、わかっているけど、このまま結婚して、カズの母親役をやって。 それで、本当にいいのだろうか。
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