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「それじゃあ、ごちそうさまでした」
中島さんが席を立った。
「ありがとうございました。新しい街でも、お元気にお過ごしくださいね」
ミユキが笑顔で挨拶をする。
「こちらこそ、ありがとうございました。毎日おいしいコーヒーが飲めて、幸せでした。ここで過ごす時間は、特別な時間でした。皆さんもお元気でお過ごしくださいね」
中島さんの優しい声。
これで、もう、最後なのだ。
「それじゃあ…」
軽く会釈をして、店を出ていく中島さん。
待ってください。
引き止めたいが、声が出ない。
「…雨ですね」
中島さんが、再び店内に戻ってきた。
ミユキが外を確認する。
「けっこう降ってますね…。傘お持ちですか?よろしかったら、お貸しいたしますが」
「しかし、返しに来ることが出来ないので…」
「だったら、うちのスタッフが駅までお送りしますよ」
ミユキが、私の肩に手を置く。
「え?」
「今日は、これであがっていいから」
私に傘を手渡すミユキ。
「…ちょっと…」
「中島さん、すいません。ひとつしかないもので、相合傘になってしまいますが、よろしいですか?」
「…私は、構わないですが…」
ミユキのやつ…。
「私も、全然かまいませんから。行きましょう!」
ちゃんと、今までのお礼と、お別れを言う。
そうじゃないと、一生、後悔しそうな気がした。
背筋を伸ばし、店を出る。
傘を開くと、
「私がお持ちいたします」
中島さんが、その傘を手に取った。
「…すいません。失礼いたします」
その傘に入れてもらう。
こんなに、中島さんに接近したのは、初めてだった。
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