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「やれやれ、ジェイムズは優秀な部下なんだが、ああなると大変だな。」
ジェイムズをなんとか落ち着かせて部屋へと帰す事に成功したジェラールは、部屋で1人ため息をついていた。
「ふう。今日は色々あって疲れた。少し夜風に当たってくるか。」
ジェラールは部屋から出ると階段を上り、宿の屋上へと出た。
心地よいそよ風が吹き、きれいな月が出ている。
「心地よいな。宮殿とは全く別の深い味わいだ。」
ジェラールは屋上の手すりに腕をかけ体を預けるようにして空を見上げた。
ふと、視線の端に人影が見える。
「君は…」
よく見ると昼間の町娘だった。
「皇帝…陛下…その…昼間は…」
町娘はうつむきながら顔を赤らめる。
それを見たジェラールはゆっくりと彼女の方へと歩き出す。
町娘は体をビクッとさせ、手を胸の前で握りしめた。
言葉に詰まる彼女の前で今度はジェラールから話し出す。
「昼間はありがとう。ロールケーキおいしかったよ。」
「そんな!私、陛下にあんな失礼な事を…それに…デ、デートまで…」
町娘は月明かりに照らされた、まだ垢抜けない顔を真っ赤にしながら目を潤ませてもじもじしている。
ジェラールはそんな彼女の手をそっと取った。
「!」
町娘は目を丸くして驚いた。赤らんだ顔がさらに赤く、りんごのようになる。
そして、その視線はジェラールに注がれた。
「デート、楽しかったよ。私は宮殿育ちでな。ああして人目をはばからず町を散策する事など今までなかったのだ。貴重な経験をさせてもらった。」
ジェラールは彼女にそっと微笑み、優しく言葉をかける。
「皇帝…陛下…」
町娘は赤い顔のまま潤んだ瞳をトロンと微睡ませた。
「あまり畏まらないでくれ。それに素性を隠して女性に声を掛けるなど男児のする事ではなかったな。大変失礼した。」
「そんな…私…」
戸惑う町娘にジェラールは再び微笑えんだ。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。私の名はジェラール。君の名は?」
町娘はジェラールに手を握られ、微睡みの瞳のままそっと口を動かした。
「マーニャ…マーニャと申します…。」
「そうか…良い名だ。マーニャ、私の事はジェラールと呼んでくれ。」
マーニャの瞳から一筋の涙が零れる。
月明かりに照らされたそれは、まるで宝石のように輝いていた。
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