7人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい…ジェラール様…ありがとうございます…」
マーニャは少し微笑み、じっと視線をジェラールに合わせた。
ジェラールもその視線を外さない。
「マーニャ。今まで通りでいい。いや、そうしてくれないか?私は皇帝ではあるが、今は一介の旅人。君の宿にお世話になっている身だ。また昼間のように、自然に接してほしい。」
「はい…いえ…うん、ジェラールさん。」
マーニャは涙を流しながらにっこりと、満面の笑みを浮かべる。初めて会った時の、元気な笑顔。
ジェラールはそれに心底癒された。
「ありがとう。マーニャ。さあ、冷えるといけない。宿の中に入ろう。」
ジェラールがマーニャの手を放し、彼女を連れて宿に入ろうとすると、マーニャはジェラールの手を握り返してきた。
そして、その体を彼に預け、ぴったりと寄り添う。
「ジェラールさん…もう少し…もう少しだけ、このままで…お願い…」
そして静かに目を閉じた。
華奢な体、か細い首筋、温かい手の温もり。
マーニャの体をその身に受けたジェラールには、そんな彼女の全てが伝わってきた。
心を開き、その全てを自分に預けてくれるマーニャの事が、ジェラールは素直に心地よかった。
ジェラールは握られた手とは逆の、残りのもう一方の手でマーニャの肩を抱く。
マーニャは身をピクッと震わせ、同じく残りのもう一方の手でジェラールの体を抱いた。
月明かりに照らされ、自分の腕の中で息づく彼女は、宵闇に美しく映え、更け行く夜の涼風の中で、ジェラールに安らかな温もりと鼓動を与えていた。
斯くして、南バレンヌの夜は更ける。
彼らの新しい物語を見守りながら。
最初のコメントを投稿しよう!