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その夜。
ジェラールは宿の屋上の月のよく見えるテラスに出ていた。
ここに宿泊して以来、すっかりお気に入りの場所になった。
宮殿から見るのとはまるでちがう温かさに満ちた月にジェラールは感じた事のない安らぎを覚えている。
「ジェラールさん。やっぱりここにいた。」
声がして振り向くとそこにはマーニャの姿があった。
「お部屋にいないから。でもすぐここだって分かったよ。」
マーニャはゆっくりとジェラールの元へと歩み寄ってくる。
明かりはマーニャの背後の扉から漏れるものと月明かりのみ。
マーニャが近付いてくるにつれて、その姿は月明かりに照らされて鮮明に浮き上がってきた。
「はい、お守り直ったよ。また身に付けてくれたら嬉しいな。」
マーニャはジェラールにそっとお守りを手渡した。
「ありがとう。今度こそ大切にするよ。」
「うん。」
マーニャはニッコリと笑い、ジェラールの横で手すりに肘をついた。
「ねえ、ジェラールさん…」
「なんだい?」
マーニャは少し瞳を伏せて話はじめた。
「明日になったらアバロンに帰っちゃうの?」
「ああ、いつまでもここにいられないしな。運河要塞とも話をつけなくてはならん。」
マーニャは寂しそうな顔で瞳を伏せた。
「そしたらもうジェラールさんはここには来ないの?もう…会えないの…?」
マーニャはジェラールの服の袖をキュッと掴んだ。
「そうだな、しばらくは立ち寄る事も無いだろう。しかし安心してくれ。この町には帝国兵を配置して安全確保に努めるつもりだ。龍の穴とも協力して…」
「違う!そうじゃない!」
マーニャは伏せた顔を勢いよく上げ、強い目でジェラールを見た。
その目にはいっぱいの涙が湛えられている。
「…そんなの…どうでも…いい…」
マーニャは体と声を震わせながら、それでも視線をジェラールから外さない。
マーニャの大きな瞳から涙がこぼれ落ちる
「ここにいて…ジェラール…さん…私…私…!」
マーニャはジェラールの胸に顔を埋め、体を震わせている。
「どうした。マーニャ。ここにいろって…」
ジェラールの言葉を遮るようにマーニャは震えた声で話す。
「ジェラールさん、また…危険な戦いに…いくんでしょう…?心配で…怖くて…もう…会えなかったら…どうしようって…」
マーニャはそのまますすり泣いている。
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