普通列車

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 しばらくは困り顔の両親のいる実家で、ごろごろしたりしながら、週に2日か3日、単発のバイトをしていた。  引越しから接客に倉庫内作業など多種多様なバイトをして、それから同じ日雇いだった中村・上村に出会いエコールを紹介され、二年前に今の1LDKに住むようになった。 …………  その日は、傘を忘れていた。  電車の中で車窓越しに外を見ていると、雨がぽつぽつと降ってきた。車窓に緩い水滴が所々広がる。7月の下旬だが空は、周囲の空間に黒煙が充満したかのように暗かった。  そういえば少し前、中村が言っていた。 「傘を持ってくと雨は降らなくて、傘を持ってないと降るんだよな。俺の経験上の教訓さ」   私は忙しない雑踏の駅から改札口へと出た。毎日の自宅までの距離を歩いている時に、それまでの小降りから大降りとなりだした。 駅のロータリーは通行人が多く、傘を持っていない人も疎らにいたが、駅から離れるにつれ傘を持つ人が目立ってきたようだ。    いつも通りに幾つものコンビニの前を通り抜け、大きな公園の真ん中を足早に通り抜ける。それから、延々と林の小道を歩かなければならない。その先には住宅街があり、そこに私のボロアパートがある。  雨がこれ以上ないほど強くなり風もでてきた、汗を吸った洋服がべったりと体につく。 「今日はツイてない」  私はボヤいた。ボサボサの頭は雨で頭皮にべったりとくっ付きだし、いつもの服装である黒のジーンズと灰色のTシャツはずぶ濡れになった。  林の小道に着くと強風で前が見えない、コンビニも何もなく、私の住むアパートまで走らなければならない、雨宿り出来る所はまったく無い。私はそれでも、林から痛そうな枝や葉っぱが強風で飛んでくるのを我慢出来ずに、どこかに雨宿りできる場所を探した。  まるで、嵐のような風と雨の中に、小さいが頑丈そうな赤い煉瓦の喫茶店が目に入った。  それは、真っ暗な林の中にポツンとあった。5年もこの道を毎日のように往復しているのに、缶コーヒーをいつも買うので今まで気にも留めなかった。それは全体的に古い趣で、石造りのお城のような。いかにも頑固そうな老人が営んでいる。といった感じの喫茶店だった。この嵐の日の雨宿りには、まさにうってつけの所である。
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