コーシーとシガレット

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喫煙所。 それは大きな空間の中で孤立したコミュニティー。 吸わない奴と仲良くすることもできる。 だがやはり、ニコチンを必要とする者同士の見えない絆というものが、そこにはあるのだ。 休憩所の片隅に設置された二畳分ほどの空間。俺はここにいる時が一番落ち着く。周りは勤続年数が長いパートの奴らばかりで、どうにも気が休まらない。休憩時間はほとんどこの二畳分の中にいる。 最近新しくアルバイトで入った後輩がいるが、俺はあいつのことが嫌いだ。鈍くさくて空気が読めない。いつも中途半端な表情をしていて、目を開けたまま寝ているのかと何度も思った。今日はそいつも出勤している。 俺が、くわえたアークロイヤルのパラダイスティーに火をつけ4時間待ち望んだ深呼吸を味わおうとしたとき、あの鈍くさい新人が俺の二畳分に入って来た。 お前、たばこ吸うのかよ。 「お疲れ様です」 「おう」  今はなるべく喋りたくないんだ、黙っててくれ。 「あ、先輩珍しいたばこ吸ってますね、何ですかこれ」  そんなに珍しくもねぇよ、割と有名な銘柄だ。 「アークロイヤル」 「へ~、いい匂い」  鈍くさもたばこに火をつける。あれ、手巻きたばこか。そっちのほうが珍しいだろ、お前のそういうところ、嫌い。 「手巻きたばこじゃん」 「こっちの方が安いんですよ。俺金無いんで」  ふーん。  ああそうだ、コーヒー飲もう。  思わぬ邪魔が入ったことで忘れかけていた缶コーヒーに手を伸ばす。やっぱタバコとコーヒーっていいよな。落ち着く。 「あ、俺もコーシー買ってこよう」 「え?」 「え、と、コーシー…」  コーシー?コーヒーのこと? 「コーヒー、だろ」 「はい、だからコーシー、買ってこようって…」  本気ですか、受け狙いでなく? 「ちょっともう一回言って」 「コーシー買ってこよう、え、なんすか?」  ふっ 「今笑いましたよね」 「いやだってお前、コーヒーって言えてないよ」 「え!言えてますよ!コーシー、言えてますよね?」 「コーヒー、ヒー、シーじゃなくて」 「え、あれ?コーシー、コーシー、言えてませんか?シー、シー…」 「ちょ、やめて、何度も言わないで」 「えぇ~…」  その後鈍くさはずっとコーヒーの発音練習をしていたが、一度も正しく言えなかった。  俺は、なんだ、こいつおもしれぇじゃん、と不覚にも思ってしまったのだった。 
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