苦い味

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コーヒーは苦いから飲めない。私の味覚はお子様なのだ。 辛いものと苦いものが嫌いだと言ったら、真純に「人生の半分を損してる」と言われた。そうかもしれない。 長谷部くんが自販機で買うのは、いつもブラックコーヒーだ。 彼がカチッとプルトップを開けると、ふわっとコーヒーの香りがした。飲むのは苦手だけど、この香りは好き。 「長谷部、一日一箱に減らしてるんだって? イライラしない?」 長谷部くんの向かいに座った保奈美が体を乗り出して尋ねた。その近さに思わず眉をひそめてしまって、慌てて元に戻す。 「別に」 今は教室で卒論発表会の準備をしているから、缶コーヒーは飲めてもタバコは吸えない。 でも、保奈美からは長谷部くんと同じタバコの匂いがした。 「前は二箱は吸ってたのにね」 保奈美の言葉に胸がツキンと痛んだ。私は長谷部くんがどんな銘柄のタバコをどれぐらい吸っているのかも知らない。 タバコ嫌いの私に気を遣って、彼は私といる時は極力吸わないようにしてくれていた。 「彼女が出来たんだって? まさか妊娠させちゃったから、タバコやめようとしてるの?」 「ええ⁉」 周りにいた皆が一斉に驚きの声を上げた。もちろん私も。 ……彼女、出来たんだ。しかも、妊娠? 「バカ。まだ、そこまで行ってねえよ。彼女のために減らしてるのは本当」 長谷部くんが色黒の顔を赤らめて、照れたように首の後ろをかいている。 そんなレアな姿をぼんやりと見ていた。すぐ近くにいるのに、なんだか遠く感じる。 一番の仲良しだと思っていたのに、彼女が出来たことも教えてもらっていなかったからかな。 今日の帰りの話題は決まりだ。どこで知り合ったどんな子なのか教えてもらおう。 長谷部くんはデバートでバイトしているから、そこで知り合ったのかもしれない。 デパガだったらバッチリ化粧したスタイルの良い美人だろう。就活の時にメイクを始めた初心者の私じゃ敵いっこない。 そうだ。あさっての日曜日の前売り券は彼女さんに譲ろう。いつも割り勘で買って、前売り券は長谷部くんが持っていてくれるから、私はいいよって言わなくちゃ。
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