1話

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その日から、私は猛烈に頑張った。 たくさん調べ物もしたし、資料を探したし、仕事を終えて帰宅してからも一人暮らしの自室のパソコンの前にはりついて企画書の原稿を考えた。 なんでこんなにもガッツが湧いてくるんだろうか、不思議とちらつくのは上念さんの顔。 夢中になって時間がたつのも忘れていたから、自分の腹の虫の音でハッと我に返るほどだった。 夕食のためにマンションの下にある小さいラーメン屋へ寄ってみて、何気なくメニューをみて、目に留まったのはラーメンライスセット。 今まで、ラーメンライスなんて、本当にバカげた組み合わせだと思っていた。 ラーメンは白ご飯のおかずじゃないし、炭水化物同士の組み合わせで栄養バランスも悪いことこの上ない。 だけど……。 だけど、こんなにもお腹が空いている時には、ラーメンとライスを両方食べるのも悪くない。 感性の違う人間同士は永久に分かり合えないと思っていたけど、それは今でもそう思うけど、ほんのちょっと自分のおいしいと思うものを人にもアピールしてみたら何かがちょっとだけ変わるかもしれない。 ゴキブリのフライなんてありえないと思うけど、私だって空腹で餓死寸前だったら食べるかもしれない。 とにかくだ。頑張ろう、ということと、それまで自分でかけていた心の扉のかぎをちょっとだけ開けてみようかな、と思うんだ。 もし私の企画書が、編集長の片目にでも止まったら? 「面白い企画じゃん。」なんて0.1秒でも思ってくれたら? そこから世界は変わるんじゃないだろうか。 今までの私は、人に合わせて、人の指示で動いて、人のアイディアを形にするお手伝いをして……。 言いたいことは飲み込んできたし、だれからも嫌われないように気をつけて、慎重に、おそるおそるやってきて、それで自分は良い仕事をしてると思ってた。 だけど、ほんとはちょっとだけ、自分の主張も通してみたいんだ。 私のやりたい企画を、雑誌の上で表現してみるとしたら、それはどんな形でどんな風に、どんな色彩になるのだろう? 私と感性の違う人の心を、揺さぶる刺激にはなるのだろうか? 自分だけのアイディアがつまった、企画を考えてコンペで提出するということ、それは今まで人目を気にして、人からの評価を大切にして生きてきた私にとって、とても怖くてドキドキして、そして同時にとても楽しいことだった。
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