Gimmic flavor~コトロウィッチ氏の私室~

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その予兆があったのは数日前。 月明かりもない真っ暗な夜だった。 既に見慣れた部屋の中、僕はその光景に違和感を抱いていた。 彼女の瞳から静かに頬を伝う涙をはっきりと見てとれたことに対してだ。 僕は寝惚けていたのだろうと、そう思ったのは、いつも煙草の煙で覆われていた視界が嘘のように澄んでいたからだ。 そう、この時彼女は煙草を吸っていなかった。 あれほど追い求めている男の残り香を、そう易々と絶やすことは絶対にあり得ないだろう、と。 そして今。 僕の視線の先では、見知らぬ若い女性が窓辺に並べた小さな植木に水を与えている。 部屋中ぐるりと見渡せば、もうここは僕の知っている部屋ではなくなってしまっていた。 清楚で可憐。そんな言葉を体現したような女性を目前に、朧気な彼女の姿を思い起こしている僕はこの場にそぐわない存在だ。 どうして一緒に連れていってくれなかったのだろうか。いくら考えようと答えは見つけられなかった。 しかし、ふと視線を向けた硝子棚に映る自分の姿を目にし、そうしてようやく気づく。 ――僕の中身が既に空になっていたことに。
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