1人が本棚に入れています
本棚に追加
「可愛いなぁ」
そんな一時が、幸せだった。
でも、私は以前から知っていた。
トマに、私以外に女がいることくらい。
きっとトマは私が知らないと思っているのだろうけど、女には分かるものよ。
不自然な行動だったり、匂いだったり、ひとつひとつの仕草が私に教えてくれた。
それでも良いと思っていたの。
だって、トマは私の夫であって、この子の父親だから。
彼が“ヴィル”にしようと、考えてくれたこの子の名だって、私は愛していたの。
「ねえヴィル、綺麗な髪ね」
キャッキャッと笑うヴィルの笑顔だけが、私の力になった。
朝早くから出かけて、私達のために働いてきて、空が暗くなると帰ってくる。
最近はヴィルの寝顔しか見ていないと、残念そうにしていた。
毎年毎年、ヴィルや私の誕生日にはプレゼントを用意してくれた。
「ありがとう。忙しいのに、悪いわ」
「いいんだよ。君にはヴィルの世話をまかせっきりだしね」
そう言って、にこりと微笑む彼が好きだった。
嘘じゃないわ。本当よ。
ヴィルが成長して、確か一〇になった頃だろう。
彼の遺伝を確実に受け継いだヴィルは、その金色に輝く髪の毛を靡かせながら、よく走りまわっていた。
私はその髪が羨ましかったけど、ヴィルは私の紫の髪も綺麗だと言ってくれた。
そんな些細な幸せが、いつまでも続けば良いと思っていたの。
「そんな・・・」
愛しのヴィルは、突如病死してしまった。
生まれてすぐにかかった細菌のせいらしいが、話を聞いても良くは分からなかった。
目の前にある、娘の遺体だけが真実味を帯びている。
その時よ。今まで胸の内に隠していた憎悪が、ふつふつとわき上がってきてしまったの。
ヴィルの容体が急変して、私が一人で病院まで運んだ。
すぐにトマにも連絡を取ろうとしたけど、まったく取れなかった。
仕事だから仕方ないとか、忙しいからしょうがないとか。
そんなことをしているうちに、ヴィルは死んでしまったの。
「そうか・・・。そんな時に、俺は。一人で辛い想いをさせたね」
「・・・・・・」
「今日はもう、ゆっくり寝ると良い」
ねえトマ。私、知ってるのよ。
貴方がどんなに素敵な言葉を並べても、どんなに綺麗な笑顔を向けてきても。
それは、虚像であることを。
最初のコメントを投稿しよう!