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俺はその日を境に、彼女と連絡を取り合い、逢瀬を重ねた。
日に当たると、いけないので、もっぱら待ち合わせはどこか室内であった。
喫茶店だったり、ショッピングモールであったり。はたまた映画館であったり。
自然と、逢瀬を重ねるにつれて、俺たちは男女の関係へとなった。
ホテルの部屋で、俺は隣に横たわる彼女の髪を撫でた。
「俺たちって付き合ってるんだよね?」
そう言うと彼女はいつもあやふやな笑顔だけを返してきた。
そして俺はある日、見てしまった。
彼女が俺以外の男と歩いているところを。
俺は、彼女に会って問いただした。
「私の夫よ。」
こともなげに、彼女はそう言った。
「旦那が居るなんて言わなかった。」
そう彼女を責めると、ごめんなさいと悲しそうに目を伏せた。
俺は腹が立っていたけど、彼女をそれ以上責めることができなかった。
彼女の口からは、一言も俺と付き合っている、愛しているなどという言葉は聞かれなかったからだ。
「俺とは、遊びだったの?」
そんなありきたりな、陳腐なセリフしか俺の口からは出なかった。
その言葉は彼女を責め傷つけることしか出来ないことを知りながら。
彼女は涙を流し始めた。普段の俺なら、女の涙なんて技もんだと高をくくるのだけど、俺の胸はしめつけられていた。
「契約しているの。私は、あの人の言うことには何でも従わなくてはならないの。」
「契約?結婚ではなくて?」
「理由あって。とにかく、私は、あの人に自分を一生愛するようにと契約を交わされたの。」
「ご主人を、愛していないの?」
そう問うと、彼女はうなずいた。
理由を聞かせてはもらえなかったが、きっと彼女は、夫に弱みを握られていて、やむなく結婚をしたのだ。
許せない。その日から、俺を怒りが支配した。
そして、今日、俺はその怒りを彼女の夫にぶつけて、執行した。
彼女の家に侵入して、彼女の夫が帰るのを待ち伏せていた。
玄関脇のコート掛け用のクローゼットに潜み、機をうかがっていた。
夫のただいまという声とともに、クローゼットを飛び出し、男の胸に刃をつきたてていた。
物音に彼女が、奥の部屋から出てきた。
その歩みは驚くほど冷静であった。
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