黄昏に佇むもの

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「あなたなら、やってくれると思っていたの。」 そう彼女は微笑んだ。 やはり。彼女は、この男に酷い目に遭わされていて、常々別れたいと思っていたに違いない。 俺は、この男から彼女を救ったのだ。 彼女はポケットからおもむろに、携帯電話を取り出した。 「もしもし!はい、事件です!家に男が侵入してきて!いきなり主人を刺したんです。」 そう言うと、彼女は泣き崩れた。 俺は信じられない面持ちで彼女を見た。彼女が俺を売った。 電話を切ると、彼女は驚くほど冷淡な目で俺を見下ろした。 「早く逃げたほうがいいんじゃない?警察がすぐ来るわよ。」 彼女がせせら笑った。 「最初から、俺をはめるつもりだったのか?」 「はあ?何言っているの?あなたが全て自分で勝手にやったことでしょう? 何、責任転嫁してんの?」 彼女は悪魔のように笑った。 「ちくしょう、この悪魔め。」 そう罵ると、彼女は真顔になった。 「なんで知ってるの?そうよ、私は魔物。主人とも逢魔時に出逢ったわ。 私が見える人はごく一部の人間よ。私の実体は無いわ。 だから、あなたは実体の無い女とデートをし、実体の無い女を抱いた。 私が大人しく、主人に従っていたのは、彼が私に影の無いことに気付いてしまったからよ。 魔物が影のないことに気付かれたら、その人間の言うことを一生聞かなければならないの。 だから、あなたを魅入らせたのよ。私が魅入らせなければ、人には私が見えない。 魔物が人を魅入らせることの出来る時間帯は、逢魔時しか無いの。 あなたがこの男を殺してくれたおかげで、私の契約は解けたわ。ありがとう。」 この女は何を言っているのだろう。 意味も理解できずに立ちすくんでいる俺の耳にサイレンの音が遠くから聞こえる。 我に返り、脱兎のごとく、玄関を後にして黄昏に走る。 振り返ると、彼女の姿は、黄昏に揺らめき、ゆらゆらと形を成さなくなって消えてしまった。 ただ、そこには血にまみれた一人の男が倒れているだけだった。
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