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夢子さんは庭先を箒で掃いていました。
昨日の風で、舞い散った桜の花びらが庭中に広がって、まるでピンクのカーペットのようでした。
「玄関先は綺麗にしてしまったけど、庭の中はもったいないから、そのままにしておこうかしら」
縁側に座ってお茶を飲みながら、公園のほうから時々ひらりとやって来るピンクの花びらを眺めていました。
「おはよう」
小さな声が聞こえたのはそんなときです。
ゆっくりと振り返ると、そこには小さな黒い毛玉のような仔犬が恥ずかしそうに座っていました。
「ふふふっ、おはよう。こっちにいらっしゃい・・見て、とても綺麗よ」
「わぁ~・・・たくさん、たくさん」
仔犬は目を丸くしました。
仔犬が庭に下りると、庭を覆っていた桜の花びらがふわぁと舞い上がります。
それが楽しいのか、仔犬は所々でジャンプをしながら、花びらを追いかけまわしていました。
「ほら、そんなに走ったら、すべってしまうよ、・・・・。
あ・・そうだ。名前を聞いていなかったね。
お前の名前はなーに?」
夢子さんがそう声をかけると、仔犬は小走りで寄ってきて、楽しそうに言うのです。
「わからない。名前なんて知らないよう。名前ってなーに?」
そこで夢子さんは考えました。
「名前がないと、少しばかり不便ね。
そうね・・愛というのはどうかしら? たくさんの愛が注がれますように」
「愛? それ美味しいの?」
小首をかしげる仔犬に、夢子さんは大きな口をあけて笑いました。
「美味しいよ。心の中がね、ふわりとあったかくなるよ。
そしてね、時々甘い味がするよ。愛、今から愛と呼ぼうね。
さあ、今度こそご飯にしようね・・さて何にしようかな」
夢子さんはにっこり笑いました。
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