第1章 違いがわかる男

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女は、改めて豆を炒り直すと、おもむろにタバコをふかし始めた。 ブレンドしたタバコの残りである。その陰は、昔懐かしかった男をも の憂げに思い描くように、ポケットから、けだるく滑らかにライター をとりだすと、脱力した肩で火を取った。そして、つぶやく。 「いつの間にか、わしもタバコ吸うようになってん。」 「そうか。お前も、ついにか。」 「あんな、ちょっと、話があってん。」 「その頃だと思った。」 男は、そう返答すると、所在なさげにこういった。 「コーヒーはまだか?」 「あ、ちょっと、待ってん。手差しでなら、そこまでかからへん」 「いや、いいから、飲んどいて。わし、出社時間やったわ。」 女の仕込んでいた豆が煎りたてられた合図と、ほぼ同時だった。 「いってらっしゃ…。」 また、言われへんかった。夫婦なのに、互いに告白もままならぬ、少 し寒い春だった。
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