第1章

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 目下の空間に敷かれた錆びた骨のようなレール、いつかその骨組みになってしまう人々が黄色い線を境にしてホームでひしめき合う。そのなかで、ぼくだけが線を越えた場所に立っていた。  安全とは言いがたいこの位置に、なぜいるのか。はじめに断っておくと、決して飛び込み自殺を目論んでいる訳ではない。ことの発端は「黄色い線の内側でお待ちください」というアナウンスに疑問を持ったからだ。  たとえば、線路に囲まれた島式のホームにいるのなら、二本の黄線に挟まれているそこは確かに内側だ。しかし、現在いるのは二つのホームが向かい合う相対式、二本の線に挟まれているのは、ホームではなく線路の方なのだ。つまり、先ほどアナウンスで流れた黄色い線の内側とは、線路側のことなのだ、と思い、人目を憚らず黄線を越え、線路転落間近の場所まで移動したのだった。  通勤の時間帯ということもあってホームには所狭しに人々がおり、やってくる電車を待ち望んでいる。後ろを振り返ってみると、人々は噴き垂れる汗を拭うこともできず密集し、呪詛のような息を吐き出しながら胡乱な瞳で中空を睨みつけていた。自らが感じている解放的な心地に優越感を覚えていると、間もなく電車がやって来ることをアナウンスが告げ、危険だから黄色い線の内側までお下がりくださいと執拗にいった。その文言に忠実に従い、頑として線の内側に居座る。もう一度、アナウンスが流れ、それと同じくして遠くから警笛が聞こえた。  狂声のようなその音につられて目をやる。思っていたよりも電車は接近しており、電車の速度というものをしみじみ感じていると、突風のような強い力で背を押され、線路に真っ逆さまに落ちていった。  敷き詰められた大砂利の絨毯に脳天を強打、一瞬間、意識を失うも、けたたましい警笛で強引に繋ぎとめられた。あまりの煩さに耳をふさぎ、目覚まし時計に向ける苛立ちと同じものを迫り来る電車に向ける。轟然と肥大する鉄の塊で周囲の空気が激しく振動し、圧倒された肌という肌に寒気が走ったが、現状に対する他人事のような感覚は抜けず、車体の最前にいる運転手と目が合ったので薄笑いをして軽く手を振った。運転手は顔を真っ青にしながら手を振り返し、ハッとした顔をした後、もう意味などないというのに今一度警笛を鳴らした。
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