赤い実

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日曜の遅い朝、もぞもぞと起きだした私はパジャマの上にシャツを羽織って窓を開けた。日当たりのいいベランダの真ん中に、一鉢の果樹がある。 ホームセンターでたまたま目にしたその苗には、セールの赤札が掛かっていた。枝に付けられたラベルによると、食べた人の思い通りの味に変化する不思議な実をつけるらしい。意味がわからず店員に詳しい説明を求めたら、バイトらしき青年は頼りなげに首を傾げ、書いている以上のことはわからないという。半額で安かったこともあり、気になった私は結局それを買って帰ったのだった。 ベランダに出して毎日水やりを欠かさずいたら、すぐに花が咲き、小さな実をひとつつけた。日に日に赤く大きく育っていく姿を見るのが、私の楽しみになった。 拳ほどのサイズにまで育った実は今にも弾けそうなほど瑞々しくて、ずっしりと重そうだ。そろそろ収穫してもいい頃だろうか。最初からラベルが半分破れていて名前がわからないから、調べようがない。件のバイト青年が、確かマジックフルーツとかそういう感じの名前だったと言っていたけど、ネットで検索してもそんな果物は見つからなかった。 私はそっと、下から持ち上げるようにしてその実を触ってみた。するとまるでその瞬間を待っていたかのように。ぽろりと実が私の掌に落ちてきた。 「え」 と思わず声が出た。 完熟ってやつだろうか。すごい。ベランダ採れの完熟新鮮フルーツ。私は収穫できたばかりのフルーツを持ち上げ、陽の光にかざしてみた。真っ赤に熟れて、まるでトマトのようだ。 たった一個だけど、自分で育てた果実を収穫するというのがこんなにワクワクするものだとは知らなかった。洗って皮を剥いて普通に食べるより、私は「採れたてをその場で齧り付く」というのをしてみたくなった。 どんな味だろう、予想では見た目からして多分トマト系かな。 パジャマの裾で軽く拭き、ドキドキしながらカプリと歯を立てる。薄い皮が破れ、新鮮な果汁が弾けて口の周りに飛び散った。なんてジューシー。味は思った通り、トマトにそっくりだった。というか、ほとんどトマト。いや、トマトそのもの。あれ? もしかしてトマトの苗だった? トマトって、樹に実るものだっけ。 思わず今かぶりついた齧り口をしげしげと眺める。 違う。 しっかりと歯型がついたその断面は、どう見てもトマトじゃない。
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