赤い実

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私は部屋の中に取って返し、冷蔵庫から昨日買ったばかりのトマトを取り出しひと口齧った。うん、同じ味。 ちょっと肩透かしを食らった気がしてもう一度手の中の実を見ると、光の加減だろうか、今度は何故かリンゴっぽいように思えてきた。 トマトとリンゴって、そんなに似てたっけ?  そう思って眺めていると段々とトマトの面影が消えていき、もうリンゴにしか見えなくなった。 変なの。 妙な気分で私はもうひと口食べてみた。そして、驚く。 何、これ。 さっきはトマトの味しかしなかったのに、今度はまるっきりリンゴそのものだ。柔らかかった食感まで、シャキシャキと固く感じるのはどういうわけだろう。甘くて酸っぱくて新鮮なリンゴ。どうしてこれを、トマトみたいだなんて思ったのか。 戸惑いつつ溢れんばかりの果汁を味わっていると、無性に本物のリンゴが食べたくなった。そう言えばさっきもトマトみたいだと思ったら、急にトマトが食べたくなったんだっけ。トマトは冷蔵庫にあったけど、リンゴなんてうちにはない。でも食べたい。どうしても、絶対に、何がなんでもリンゴが食べたい。ないと思うと余計に食べたくて、今ここにリンゴがないということが耐え難い不幸のように思えてくる。どうしよう、今から近所のスーパーまで買いに行こうか。 あ、そう言えば。 私は大急ぎで冷蔵庫を開ける。コンビニで買った、ブリックパックの100%リンゴジュースがそこにあった。リンゴそのものじゃないけど、この際これでもいい。 私はストローを挿すのももどかしく、貪るように一気に飲んだ。餓えるような乾きが瞬時に癒されていく。体の隅々まで染み渡るような心地にうっとりする。ふう、と一息ついて口を拭うと、ようやく我に返ることができた。 ……今、何が起こったの? 恐る恐る、私はまだ手に持ったままだった、あの不思議な果実を見た。 トマトみたいだと思ったらトマトの味がして、トマトが食べたくなった。次にリンゴを想像したらリンゴそっくりの味がして、リンゴが食べたくてしょうがなくなった。 説明ラベルに書いてあった、思った通りの味になるってこういうこと? じゃあ、桃だと思って食べたら桃の味がするの? 思わず試しそうになって、私はギリギリ踏みとどまった。今ここに、桃なんてない。今度はジュースもないというのに、またさっきのリンゴみたいにぎりぎりと焦燥感に締め付けられるのはごめんだ。
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