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でも、試してみたい。
何なら大丈夫だろう。うちにあって、すぐに食べられるもので。
私はもう一度、冷蔵庫を開けた。生憎フルーツの類の買い置きはなく、あるものといえば卵と納豆とキャベツ、それと鶏肉くらい。いくら何でも納豆味の果物なんて食べたくないし、どうしようかなと手の中に視線を落とす。そして、びっくりして取り落としそうになる。
私の手にあったのは、生々しい肉の塊だった。肉っぽい果物ではなく、もう肉にしか見えない。味のみならず、見た目まで思った通りに変化するって、これは一体何?
さすがに気味悪くなってきた。形が変わるわけないから、視覚の問題なんだろう。もしかして、幻覚作用があるとか。
アブナイものだったら困るから、もうこれ以上食べるのはやめよう。せっかく楽しみにしてたのにもったいないけど、残りは捨ててしまおう。
そう思ったのに。
視線の先で、気持ち悪いと思った鶏肉が美味しそうに変化していく。つやつやと光沢があって、いかにも新鮮そうで、きっと柔らかくて甘みがしっかりしてるんだろうな、なんて思うと口の中に唾液が湧き出してくる。そしてそれを最早おかしいと思わなくなりつつある自分がいた。
理性はやめろと言っているのに、本能がそれを抑えこむ。駄目だと思っても、手が勝手に口元に運ぶ。それでも幾らかのためらいと共に、私はついにその肉に歯を立ててしまった。
そしてプツリと噛み千切った、その瞬間。
「オギャー」
薄い壁を通し、お隣から赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。そういえば生後半年ほどの女の赤ちゃんがいるんだった。母親の腕に抱かれているのを何度か見たことがある。柔らかそうなピンクのほっぺ、むちむちと肉付きのよい小さな手、丸々と太った体つき。とても可愛らしい赤ちゃんだった。
……あ。
いけない、と思った時にはもう遅かった。私はうっかり、頭の中で赤ちゃんの姿を思い描いてしまったのだ。
つまり今私の手にあるのは、もはや鶏肉ではない。私の思いをそっくり反映するマジックフルーツ。真っ赤な血を滴らせているのは、それは……。
ねっとりと絡みつくような甘みのある肉をゆっくりと味わい、飲み下し、私は思った。
食べたい。
本物を食べたい。
こんな紛い物じゃなく。
食べたい食べたい食べたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべ……。
お隣に行こう。
いや、行かなくては。
私はシンクから、包丁を一本取り出した。
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