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しかし、時季には聞こえていないようであった。時季と睨みあっていると、横から響紀のナイフが掠ってくる。避けた先にもナイフがあるので、響紀を避けるのは、間合いから出るしか方法がない。
「響紀!」
後方に下がってみたが、響紀が瞬時に間合いを詰めてきた。
こうなると、俺も戦闘モードに入らなければ、殺されてしまう。周囲に糸を張り巡らせようとしたとき、横腹に蹴りが入っていた。
「馬鹿ども!ここは街中だよ」
この声の主は、知っている。俺の、脇腹にヒールの跡が残る、こげ茶のピンヒールのブーツ、フリルのスカートに、レースのコート。
「馬鹿ども!」
時季に、回し蹴りが炸裂していた。黒いフリルのスカートの中は、メタリックの濃い茶のスコートであった。
「馬鹿ども!」
再び回し蹴りが、今度は響紀に炸裂していた。
「母さん!」
時季と、響紀が蹴り飛ばされて、地面に転がっていた。
ジュリアン・ジュノー、俺の母親であった。見た目は二十代にも見えるが、孫も居る。
「ジョン!」
ジュリアンに名前を呼ばれたジョンが、気まずそうに戦車の後ろから出てきた。
「大馬鹿者だな。こんなことをして、許されると思っているのか?大和は、ジュノーと火の屋が手放すことで、和解している」
腰まで伸びる髪は巻き毛で、美人というよりも、ジュリアンは可愛い。俺は、きっちり父親に似た外見であった。
「ジョン。お前の妻がな、私に頼んできたよ。この大馬鹿者を連れ帰ってきて欲しいとね」
「大馬鹿者!」
ジュリアンの横に、少年が並んだ。
「大馬鹿者!」
又一人増えた。
「大馬鹿者」
「大馬鹿者」
「おおばかもの」
次々増えて行った。この五人は、並ぶとどこか似ていた。
「……ジョンの息子か?」
「そうだよ」
一番下は、結構小さい。六歳くらいであろうか。子供の頃のジョンによく似ている。
「えっと、名前は何かな?」
「俺はミコトだよ。ママは怒っているけどね、大和君がジュノーに来るのは賛成していたよ。パパが馬鹿者だから怒るのだって」
ジョンは確かに馬鹿者であるが、きっと、いつも、今のように五回は連続して詰られているのだろう。そこには、同情する。子供は、母という、優秀な方に加担したのかもしれない。
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