『臥し待ちの月』

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「いいものは、ないな……」  俺が溜息をつくと、隣にいた袈裟丸(けさまる)も溜息をついた。袈裟丸は、何気なく俺が掲示板を見易いようにと、俺の後ろに立ち、人ごみの中で、俺の為に小さくスペースを確保してくれている。  俺は、身長が低いわけではないが、見た目では小さく見えるらしい。それに、火の屋の血統の特性なのか、十代に見られることが多かった。しかも、童顔とも言われてもいた。 「大和。大丈夫?狭いけど苦しくはない?変な掲示板を取らないようにね」  袈裟丸が、俺を子供扱いしてくる。 「袈裟丸、取るような仕事はないだろ」  袈裟丸は、俺と同じ組、鬼同丸の所属で、一緒に仕事をする仲間であった。俺のチームは、俺が一人で仕事を見て来ると言ったのに、全く信用せずに、袈裟丸をお目付け役に寄越したのだ。でも、俺と袈裟丸は結構気が合う。 「ですよね。まず、これ、スパイですよね。火の屋も目立ちますし、俺の姿で会社員や研究員も無理でしょう」  袈裟丸は、熊か虎のような雰囲気であった。 大柄だが、鋭敏な感じはする。でも、袈裟丸に会社員は無理であろう。土木関係か、鳶職ならば似合いそうであった。 「……火の屋って言うな……」  それに、火の屋は余計だ。俺の姿は、火の屋 武尊(ひのや たける)、いわば父に、クローンと呼ばれる程に似ていた。武尊は宇宙を代表する殺し屋であるので、俺の見た目は、目立つというより記憶される。  皆が分かっていても黙っていることを、袈裟丸は言ってしまうので、俺に付けてきたのだろう。 「ほかに、これ。お祭りの警備。これ、ただの警備ですよね。交通費にもなりません」  警備ならば、警備会社に頼んだ方がいいだろう。 「それと、これ暗殺ですよね」  暗殺か、俺は、暗殺部隊の出身であるので、引き受けてもいい、紙を取ろうとすると袈裟丸に手を叩かれた。 「チームの成績を上げないと、仕事がまわってこないでしょう。単独で仕事をしないで ください」  叩かれた手を引っ込めると、赤く腫れていた。ここまで、強く叩かなくてもいいのではないのか。  手と袈裟丸を見比べていると、袈裟丸が気付いて、タオルを濡らしてくると冷やしてくれた。 「すいませんでした。本気で叩いてしまいました。俺は、大和に鉄鎖(てっさ)に戻って欲しくないです。もちろん、火の屋もナシですよ」  深く項垂れる袈裟丸に、俺は何度か頷いてみた。
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