『臥し待ちの月』

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 要は、鬼城を辞めてくれということか。  任務放棄といっても、高麗は、仕事ができない状態にされていたのだ。機械を外されてしまっている。 「いいか、これは命令だ。円満に解決しておけば、高麗には復帰のチャンスが出て来る」  引くしかないのか。確かに、任務放棄は、規定で懲戒免職になる。この場合は、復帰は望めない。  でも、自分から辞めた場合は、手続きをすれば復帰が可能になる。 「分かりました」  俺が頭を下げると、一羅がにっかり笑った。 「では、どこかに食べに行こう」  この前、奥さんに叱られたのではないのか。 「ウナギかなあ。街の店に行くか」  一羅と並んで街に出ると、ある意味、目立つ。皆が一羅に挨拶してゆく。この星は、鬼城の関係者しか住んではいない。観光客相手の商売もあるが、その家族にも必ず鬼城の関係者はいる。  普通に歩いていれば、一羅の怪我は分からない。一羅は、穏やかで大きい、日差しのような男であった。 「桜川は、俺の親父の先輩であったよ。そのくらいの年なのよ、あの人」  その年で、絶倫であるのか。 「だから、妻が十人くらいはいたかな。皆、先に逝ってしまっているけどね。子供も百人くらいいると噂になった。その内、二人は有名だけどね」  二人しか認識していなかった。  うなぎ屋ののれんを潜ると、店先でウナギが捌かれていた。桶が積み上げられ、中に生きたウナギが水を浴びていた。 「おかみ、二階を借りるよ。ウナギ上を二つ」  急な階段を登り、二階に上がると、大部屋と幾つかの小部屋があった。一羅は迷わずに、奥の小部屋に入って行った。  奥の小部屋には、既に先客がいた。 「時季?」 「大和か、一羅の説教は終わったか?」  時季はウナギを既に食べていた。 「まあ、高麗を寿退社」 「そうか、まあ、それは恩赦だよね。高麗だって分かっているはず。手足を外されていたら、護衛とは言えないだろう」  俺が甘かった。桜川の元に、高麗を行かせるのではなかった。高麗は護衛ではなく、桜川に守られていた。 「すぐに帰るのか?」 「帰りますが、伊万里を連れてゆきます」  一羅は、窓辺によりかかり、どこにあったのか酒を飲んでいた。 「桜川の妻は皆、亭主のせいで亡くなった。身代わりであったり、守ったり。人質になったりでね。ま、皆女性であったけどね」
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