『臥し待ちの月』

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 どうして好きなのかは分からないが、ラーメンも塩味が好きであった。 「そうですか、そういえば、いつも鍋料理を食べていますけど、あんまり色のついた鍋ではないですものね」  色のついた鍋とは何であろうか。俺は、鍋なら真っ赤な火鍋もよく食べていた。でも、すき焼きはあまり食べない。すき焼きならば、しゃぶしゃぶの方が好きだ。 「はい、おまちどうさん。熱いから気をつけな」  目の前の大盛りは、本当に大盛りであった。まるで、洗面器のようなどんぶりに、麺が泳ぐように入っていた。  一口食べてみると、結構おいしい。これは、麺がいいのだ。 「あ、ゆずを忘れた」  塩うどんには、ゆずが合うのだ。俺が手からゆずを出してうどんに絞っていると、店主が凝視していた。 「どこから、ゆずが出たの?今年は、ゆずは輸入しかなくてね。ここには、置いてなかったけど」 「……大和、亜空間は使用禁止になっているよね?どこから、ゆずを出したのかな?」 「ポ、ポケット……」  店主はそれで納得していたが、袈裟丸はまだ睨んでいた。 「しっかし、袈裟丸だったよね。この前と違う子だよね。仕事関係かい。もてるねえ……しかも、こっちも別嬪だね」  この前の子とは、もしかして、御卜(みうら)なのか。俺は、御卜に振られていた。御卜は、俺ではなく、袈裟丸を選んだのだ。  ちょっと、気分が落ち込むと、目の前のうどんが大きく見えた。 「ビール、一本」  ビールでも飲まなければ、やっていられるか。 「未成年には出さないよ」  店主に、きっぱりと断られた。 「未成年ではないよ」  持っていた身分証明書を提示してみた。身分証明書というか、タグのようなものであった。所属や、医療に必要な事項が書かれている。 「特S級、鉄鎖出身の鬼同丸……」  店主がビールを出してくれたが、俺が飲む前に袈裟丸に奪われ、一気飲みされていた。 「あっ……」 「飲ますなと言われてきていますから」  誰に言われたのだ。 「そうか、その姿。火の屋の息子か」  その台詞に、袈裟丸は顔を真っ赤にして立ち上がった。 「火の屋じゃない、この方は鬼同丸の頭領、鬼城 大和だ」  袈裟丸、俺が火の屋と呼ばれ怒っていた。さっきは、自分で俺の事を火の屋と言っていたが、他人に言われるのは嫌いらしい。 「すまん、つい思い出したら口に出ていた。しっかし、黒い目に、黒い髪、お人形のようだよね。五月に飾るやつ」
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