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「七五三野さんには見えますね?俺は、今、死に限りなく近づいて見えました。貴方は最初から死に近かった。最初から、見えていませんでしたか?」
七五三野に対し、俺が気になっていた、一点であった。七五三野は、死に近い。
七五三野の笑みが消えた。笑顔のない七五三野は、とても怖い。七五三野は、堅気ではない雰囲気をも持っていた。テーブルの上に手が出た時、思わず殴られるかと身構えてしまった。
七五三野に殴られたら、復帰に一日以上はかかりそうであった。
「……見えていたよ。秀重の言う通りに、薬師神は、空気は読めないね」
声のトーンも低くなっていた。七五三野は追加でビールを頼むと、俺達にはジンジャーエールを頼んでいた。
「俺は試合中に相手を殺しかけた。頭に血が登って、相手が倒れたのに殴り続けてしまった。相手は、再起不能になった。今も車イスに乗っている」
七五三野の、言いたくない過去なのだろう。
「塩冶さんも桐生さんを失って荒れていましたから、格闘技にはまった時期があるのでしょう。俺、空気は読めませんが、七五三野さん、親友のために生きてください」
七五三野が苦笑いしていた。
「ここで、君を殺して、愛の翼の会の幹部になるという選択もあるけど?」
「七五三野さんは、しませんよ。七五三野さんは、塩冶さんの信頼を知っている。それに、その手を見れば分かります。素手で殴ってはいけません。それに、そもそも元ボクサーが殴ってはいけないでしょう?」
何故、ここに七五三野が居たのか。ここで待ち伏せしていた、何かを知っていたのだ。透視をしてみると、使われていない個室に、倒れている人影を見た。
俺は、七五三野の手を両手で握って確認してみた。ほんのり温かい。それに、鍛えられているが、殴った拳が充血していた。
「俺は犯罪者を作りたくない。この拳で殴るのは、もうしないでください」
じっと七五三野を見ると、七五三野は青褪めた後に、真っ赤になっていた。
「琥王。これに口説かれたら、即死だね」
「分かります」
琥王は、静かにジンジャーエールを飲んでいた。
「じゃ、秀重と同じ台詞で聞かせて。俺を必要として、俺に守らせて」
守る、俺にそんな価値などない。でも、七五三野の心が分かる。必要とされることで、七五三野は生きることができる、そこに居場所ができるのだ。
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