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千々石は、ゆっくりと首を振っていた。
「和海は闇憑きなだけで、悪ではなかった。でも、次第に人の闇に飲まれて、世界を憎んだ」
闇はこんなにも優しい。夜に人が眠るように、闇は生命を愛していた。
本当に和海の内部であるのか、和海の過去が見えていた。和海の中で、兄である千々石 颯は、絶対の存在であった。親代わりであり、親友であり、盟友であり、又、唯一の家族であった。そして最大の闇は、和海は世界中の何よりも、誰よりも、兄を愛していた。それを愛ではなく、闇にしてしまう程の深さで、和海は千々石を欲していた。
千々石を失って、和海は正気に戻ったのであろう。
和海の世界は、千々石 颯がいるということが、前提の世界であったのだ。
「どうしようか?これから」
千々石は、のんきに和海の世界を見ていた。
「選べるのか?これ?」
止まったような空間から、どうやって出るのかも分からない。
「帰ろう……」
幼い和海が、千々石を追いかけて走っていた。公園から家に帰るところであった。転んだ和海を、千々石はおんぶして歩いた。
「和海を過去に還す。俺も一緒に行く。又、会おう薬師神」
千々石は、和海の過去へと飛び込んで行った。
第八章 十年心中
和海の力を利用して、千々石が過去に行ってしまい、闇の中で俺は一人になってしまった。この空間で、眠るしかないのか。永遠に眠る、それは、死に近かった。
でも、俺が守りたかった世界が残って良かった。心は、充実していた。後悔はない。
俺が寝転ぼうとすると、どこからかコインが飛んできた。金色のコインを掴んだ瞬間、伸びてきた手に腕を掴まれた。
「捕まえた……」
どこから腕が伸びてきたのだ。
「琥王?」
琥王の手に引っ張られる。琥王の手には、決して放さないという意志が伺えた。
琥王の手に励まされ、俺も空間を抜ける事を決意していた。
「分かった、帰るよ琥王!」
闇を抜けるショックは激しく、自分の細胞が全て分解されて、散ってしまいそうであった。でも、琥王の腕だった、同じ傷みを持っている。
琥王の腕は、それでも俺を離そうとはしない。
「琥王……」
俺は諦めてしまっていたのだろうか、琥王が諦めていなかった事が嬉しい。こんな所で、消えてしまいたくない。
帰りたい。もう一度、琥王に会いたい。さよならなんて言うなと、琥王に叱られてもいい、何もない日常に戻りたい。
「琥王……」
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