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琥王に捕まれている腕だけ残して、俺の体は消えそうであった。俺は、必死に分解した細胞を再構築する。
宇宙空間のような場所に、ただ漂う。暗闇から世界を見ると、眩しい光のようだった。俺は、そこに戻るのだ。
「戻れ!
闇を抜けると、嵐になっていた。頬に打ち付ける雨粒に、涙が流されて消えた。雷のような音も響く。でも、腕を掴んでいるのは、琥王の手であった。
「琥王!」
「いいか、二度とさよならなんて言うな!俺も神憑き、世界が滅んでも、薬師神を忘れられない!」
抱き込んできた琥王が温かい。
「薬師神!」
大黒も神憑きなので、記憶は改竄されていなかったが、傍にいた七五三野には、意味が通じていなかった。
そこにあったのは、普通の日であった。嵐は来ていたが、普通の嵐であった。七五三野が来ていたのは、天満が暴漢に襲われ大怪我をしたせいで、塩冶に護衛を依頼されていた。天満を襲った暴漢は、掴まってはなく、逃げているという。
塩冶は、暴漢が捕まるまで、七五三野を家に泊まらせることにした、らしい。
「記憶が改竄されている……」
微妙に異なる世界に来たようであった。でも、天満は生きている。藤木も生きているのかと、確認しようとした時、塩冶が部屋に入ってきた。
「薬師神君。どうしてベランダに居るの?かなり濡れているよね、風邪をひくよ……」
「あの塩冶さん……桐生さんは、えんきり屋ですか?」
桐生は、消されていなかっただろうか。
「桐生は無事。樹神の鎮守の森に守られていたからね。俺も一緒にいたもので、記憶、そのままだよ。藤木君は残念だけど、薬師神君の記憶のままの死であったよ」
塩冶の調査によると、一日程度の微妙な改竄であったらしい。愛の翼の会も、その裏教祖が和海であることにも、変化がなかった。ただ、和海は暴走せずに、闇と安らかに暮らしているという。そこにだけは大きな違いがあった。千々石の両親は本当に事故死で、和海は皆を殺してはいない。でも、和海の闇の能力は健在であった。
和海は他者の闇を喰う存在で、裏の教祖になっていたのだ。皆、和海に会うだけで、恨みを克服しているという。
千々石は、和海を連れて過去をやり直したのだ。その孤独な努力が、俺にも伝わってくる。
「千々石に会わないと」
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