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そうだ。釘を刺しておこう。
「女性が夜遅くに1人でご来店するのはオススメできませんよ?」
「わかってます、奏太先輩」
ようやく思い出してくれたようだ。
カウンター席に座ると珈琲を出した。
両手で抱えるように飲むしぐさに
ドキドキしながらも、小皿を置いた。
焼きたての小さなパン。
サングリアの果実で作ったジャムを添えて。
「どうして教えてくれなかったんですか?」
責めるような言い方に肩を竦めた。
コックコートとお揃いの帽子を取り
胸ポケットから黒縁の眼鏡をかけた。
「久代が思い出すまで黙っていようかと?」
「ふふっ。あんなに小さかった“空”がこんなに大きくなってたなんて!」
「今はこの店専属の看板猫さ」
定期入れを手渡した。
「あの元カレさ、アパートに探しに来てた。久代を好きだったのは確かだと思う」
「引っ越してケー番替えて転職して。この5年でやっと体制を立て直したの。偶然の再会ってあるのね」
「そうだな。久代がこの店に来たのは偶然だし。煙草を嗜む人は珈琲好きっていう人の気持ちがわからないって嘆いていたよな?」
「だから、この店は禁煙なの?」
「まぁな。まだ気づかない?」
珍しく頬に赤みを帯びていた。
……カワイイ。
今まで忘れられてたことなんか
あっさりと許してしまえるくらいには。
『far away』の意味に気づいてくれた。
「珈琲を飲んだら帰れよ?明日も仕事だろう?飲酒運転させられないし送るから車は置いていけよ。なぁ、春花」
初めて名前を呼ぶと耳まで赤くなった。
「……ズルい。奏太先輩カッコよすぎ」
胸に飛び込んできた後輩は
翌日からは恋人として訪れるようになった。
【完】
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