岬にて

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バス停までの道を、友弘と和美は肩を並べて歩いた。 「1時間にバス1本とか、不便すぎない?」 「……私も最初はそう思いました。 でもね、『便利』って、人間から色んなものを奪っていくような気がしませんか? 小刻みに時計を見ながら過ごす生活って、 時間を大切にしてるように見えて、実はとても浪費してるんじゃないか、なんてね」 「……」 「東京では味わえない感覚でしょ? 時間の流れかたも、陽の光も」 「……まあ、確かに」 先に発車する三崎東岡行きの和美のバスを、 下り側のバス停そばで、ガードレールに並んで凭れて待つ。 「待ち時間が長いなら、せめてベンチくらい置けばいいのに」 「ふふ……若いのに。足腰退化しちゃいますよ」 「どうせ都会育ちのモヤシっ子ですよ、俺は」 ふと、独り言のように和美が呟いた。 「……あの人にも、こっちで過ごしてもらえば良かった。 エアコン完備の四角い部屋じゃなくて、思う存分潮風とお陽様を浴びて。 時間に追われるんじゃなくて、自分で時間を追いかけて……。 ねー、一也」 「……」 子供をあやしながら目を伏せる和美の横顔は、 どこか自分と似ていると、 友弘は思った。 夕暮れの中、早めに点灯したバスが、 二人の前でプシューッと音を立てて停車した。 「えっと、"なごみ"さん?でしたよね」 「え、はい」 和美が乗車ステップの上で振り返る。 「すみません、さっきは心配してくれたのに、俺、不貞腐れたガキみたいな態度で……。謝ります」 「いえ、私こそ……」 「……岬で声、かけてくれてありがとう。 メシも旨かったです。 女将さんにも伝えて下さい、お礼」 素直に言葉がこぼれた。 「はい」 和美が、嬉しそうに微笑んだ。 腕の中の子供に目を落とした和美と、見上げる友弘との間で、 再び音を立てて、扉が閉まる。 バスを見送りながら友弘は、 いつかまた近いうちに、自分はこのバスでここに来るような気がしていた。
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