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三浦海岸駅までの帰りのバスの中で、
またすることもなく、友弘は窓の外を眺めていた。
夕闇の残照に、水平線と岬のシルエットだけが浮かんでいる。
光溢れる景色を見ていた、行きのバスの時よりもむしろ、
友弘の気分は明るかった。
暗い海の底に沈んでいるのは、もう、消し去りたい記憶ではない。
かすかな痛みを伴いながらも、それを癒すように包む水底で、
少しずつ、少しずつ、優しく懐かしい記憶に変わっていくのだろう。
帰ろう、あの街へ。
綾子と共に生きることはできないけれど、
綾子が懸命に笑顔で生きようとしている、あの街へ。
ここほどの眩しい陽射しはなくても、
陽射しの傾きと共に流れていく、奥行きのある時間はなくても、
あの街で、俺は俺の今を、生きる。
岬のシルエットが、次第に海と夜空との境界に溶けて、見えなくなっていく。
夜が始まり、そしてやがて、朝が来る。
明日の朝は早起きして、夜明けを見よう。
次第に明るくなる街を、朝一番の陽の光を浴びながら、公園まで散歩でもするかな。
カーブに揺れる車体に身を委ねて、
友弘はそんなことを思いながら目を閉じた。
長い夜の出口がそこにあるような、
そんな予感がしていた。
Fin.
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