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ビルや高速道路の合間に、海が見える。
品川発の京浜急行の窓から、
友弘は見るともなしに流れる景色を眺めていた。
横浜を過ぎ、横須賀もまた過ぎ。
三浦半島に入っても、横須賀あたりまでは都内と特に変わらぬ風景だ。
三浦海岸駅で、見慣れた赤白の京急電車を降り、京急バスに乗り換える。
三浦半島をさらに南に下る足“海35系統”バスには、波を感じさせる緩やかな青い曲線が描かれていた。
ビルが姿を消し、
のどかな海辺の風景が広がっていく。
夏の余韻の残る陽光が、軽快に走るバスの車内に射し込む。
明るい陽射しに目を細めながらも、
いつまでも胸にある重い塊が、
今日も友弘を鬱々とした気持ちにさせていた。
いくつもの岬を介して、小さな湾が連なる三浦半島の南端部。
温暖な気候と比較的なだらかな地形のこの地域は、
首都圏から近い割に、湘南海岸などと比べて穴場らしく、
ゆったり楽しめるという評判だ。
10月初めの今は、海水浴シーズンと紅葉・ミカン狩りシーズンとの観光端境期ではあるが、
それでも明らかに旅行者と解る、明るくはしゃぐ若者の集団やカップル、
小綺麗な格好をした年配の女性達で、
バスは満員に近かった。
流れていく青い海とバスの振動をぼんやりと感じながら、
友弘は溜め息をついた。
綾子と離婚して、職も失って、それでこんな所に男一人で、なんて、
まるで傷心旅行だ。
女々し過ぎて我ながら情けない。
気持ちの整理は、ついているつもりだった。
ただ、思い出したのだ。綾子との約束を。
天下の東條グループの後取り娘に、一介の秘書が逆玉の輿、
いや、無理矢理の政略結婚などと大っぴらに陰口を叩かれながら、
結婚式でさえ仕事がらみのロスのホテルで挙げて、
ロスを筆頭とする米国支社への挨拶回りやパーティーで、なし崩しになってしまった新婚旅行。
そのうち、どこか近場ででもゆっくり過ごそう、と、
帰国する機内で友弘が口にした時、
綾子は言った。
『子供の頃、海水浴に連れてってもらったでしょ、友弘さん家に混ぜてもらって。
あそこに行きたい。泳げる時期でなくていいから』
幼なじみとして親しく育った、綾子と友弘。
ひとつ年上の友弘でさえほとんど記憶にない幼い時期の海水浴のことを、
綾子が昨日のことのように楽しそうにしゃべるのを不思議に思いながらも、
友弘は、近いうちにお互い時間を作ろうと、
そう約束した。
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