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のどかな畑を抜け、なだらかな台地を下ると、
まだ夏の面影を残す青い海と粗い砂浜とが目の前に広がり、
眩しさに友弘は目を細めた。
こじんまりした浜の両側から、角のように岬が突き出す。
岬の先端近くは、波間から岩がゴツゴツと顔を覗かせ、
磯釣りする人の姿が見えた。
振り返ると、丘の斜面に、家々が貼り付くように並んでいる。
次第に、幼い夏の残像が蘇る。
頼りない記憶が、呼び醒まされていく。
「ああ……ここか」
友弘は、独りごちた。
斜面途中にある民宿にみんなで泊まって、大騒ぎしながら雑魚寝して。
人の良さそうな民宿のおじさんおばさんと一緒に、やたらと豪勢なご飯を食べて。
浜はプライベートビーチみたいな近さで、部屋で着替えて、そのまま歩いて行った。
学校の授業用の紺の海パンの兄貴と自分。
お袋に、ピンクの花柄のワンピース水着を着せてもらって大はしゃぎの、小さな綾子。
浮き輪にスッポリはまって、波打ち際でぱちゃぱちゃしている綾子は、
初めて見た海を恐れる様子もなくて、
浮き輪を両手で抱えたまま、兄貴の後をトコトコとついて回る。
兄貴は時々振り返りながら、しょうがないな、と笑って、
なぜか俺まで引っ張り込まれて、水泳教室の開催だ。
俺は、浜の砂で怪獣やビルや、色んなものを作って遊びたかったのに、
綾子は妙に海に入りたがった。
その結果綾子と二人、岬の先のほうまで、ゴムボートで流されたこともあったな。
浜からは見えなかった、岬に露出する岩の荒さを見て、急に不安になったけれど、
綾子がのほほんと笑っていたから、泣きたいのを我慢した。
兄貴がゴムボートまで泳いで来て、
引っ張って泳ごうとしたけれど無理で、
ますます泣きたくなったけれど、
兄貴も笑っていたから、やっぱり我慢した。
確かエンジンのついた船に引っ張られて帰ったけれど、
凄いスピードでゴムボートが海面を滑っていくのが、怖かった。
兄貴と綾子は大喜びで、特に綾子は耳が裂けるような奇声を上げてたっけ。
浜へ帰ったらお袋が大泣きしてて、
で、ようやく俺は、
心おきなく泣くことができたんだ。
友弘は独り、苦笑した。
いつも、そうだった。
良弘と綾子は、8歳も離れていて大人と子供のように見えるのに、
友弘の目には、いつも同じ色に映っていた。
同じものを同じように感じられる、友弘には解らない世界を、
良弘と綾子は共有していた。
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