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人気のない浜を抜け、友弘は岬の岩場に向かった。
穏やかな波打ち際よりも荒涼とした岬で、
岩に打ち付ける風と波の音を聴きたかった。
さっき見えていた釣り人も、もういない。
岬は、浜よりも一足早く秋の風色を感じさせた。
いつもどこかで、凪いだ海のように穏やかにつながっている、良弘と綾子。
それは決して昨日今日に始まったことではない。
だからこそ、綾子を手に入れ、東條グループの未来の重役の椅子を確約されてもなお、
友弘はいつも不安で仕方なかった。
東條グループの中枢で会社を動かせることは、正直、大きな魅力で。
その上、綾子までも手に入る。
いや、多少強引でも、手に入れる。
最初はそんな野望さえあったのに、
結局すべては、やっと綾子に辿り着いたという歓喜が見せた、砂上の楼閣だった。
綾子の身体を得たからこそなおさら、
心を得られないまま東條グループで企業戦士を続ける意味が、
友弘には見出せなかった。
「は……結局、俺は仕事より女を取った甘ちゃんだ、ってだけの話だよな」
岩場に打ち付ける波を見下ろしながら、
友弘は不甲斐なく自嘲した。
仕方ない。それが自分だ。
良弘を思う綾子の心ごと、綾子を包んでやれる度量は、自分にはない。
綾子の気持ちが欲しくて、――それは東條グループでの自分の地位など、どうでも良くなるほどに。
それが、自分の正直な気持ちだったのだから。
穏やかに見える湾内の浜辺と違って、
岬の突端の岩場を洗う波音は激しく、
土砂降りの雨の音を思い出させた。
行き場のない思いを、綾子の身体にぶつけるしかできなかった狭量な自分。
凪いだ波のように穏やかに、静かに、愛せれば良かったのに。
そう、したかったのに。
「あの! 飛び込んだり、……しませんよね?」
不意に後ろから声をかけられ、
友弘は飛び上がるほど驚いた。
振り向くと、友弘よりいくつか歳上に見える女が、
息を切らし、汗だくになって、
オレンジ色の夕陽の中に立っていた。
いつの間にか、陽が傾いている。
どれだけの間、自分はこの岬に佇んでいたのだろう。
「じき日も暮れるし、この辺、危ないですよ!」
「……ご忠告どうも。
ちょっとボーッとしすぎたな。
別に自殺とかそんなんじゃないですから、ご心配なく」
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