岬にて

5/11
前へ
/11ページ
次へ
人気のない浜を抜け、友弘は岬の岩場に向かった。 穏やかな波打ち際よりも荒涼とした岬で、 岩に打ち付ける風と波の音を聴きたかった。 さっき見えていた釣り人も、もういない。 岬は、浜よりも一足早く秋の風色を感じさせた。 いつもどこかで、凪いだ海のように穏やかにつながっている、良弘と綾子。 それは決して昨日今日に始まったことではない。 だからこそ、綾子を手に入れ、東條グループの未来の重役の椅子を確約されてもなお、 友弘はいつも不安で仕方なかった。 東條グループの中枢で会社を動かせることは、正直、大きな魅力で。 その上、綾子までも手に入る。 いや、多少強引でも、手に入れる。 最初はそんな野望さえあったのに、 結局すべては、やっと綾子に辿り着いたという歓喜が見せた、砂上の楼閣だった。 綾子の身体を得たからこそなおさら、 心を得られないまま東條グループで企業戦士を続ける意味が、 友弘には見出せなかった。 「は……結局、俺は仕事より女を取った甘ちゃんだ、ってだけの話だよな」 岩場に打ち付ける波を見下ろしながら、 友弘は不甲斐なく自嘲した。 仕方ない。それが自分だ。 良弘を思う綾子の心ごと、綾子を包んでやれる度量は、自分にはない。 綾子の気持ちが欲しくて、――それは東條グループでの自分の地位など、どうでも良くなるほどに。 それが、自分の正直な気持ちだったのだから。 穏やかに見える湾内の浜辺と違って、 岬の突端の岩場を洗う波音は激しく、 土砂降りの雨の音を思い出させた。 行き場のない思いを、綾子の身体にぶつけるしかできなかった狭量な自分。 凪いだ波のように穏やかに、静かに、愛せれば良かったのに。 そう、したかったのに。 「あの! 飛び込んだり、……しませんよね?」 不意に後ろから声をかけられ、 友弘は飛び上がるほど驚いた。 振り向くと、友弘よりいくつか歳上に見える女が、 息を切らし、汗だくになって、 オレンジ色の夕陽の中に立っていた。 いつの間にか、陽が傾いている。 どれだけの間、自分はこの岬に佇んでいたのだろう。 「じき日も暮れるし、この辺、危ないですよ!」 「……ご忠告どうも。 ちょっとボーッとしすぎたな。 別に自殺とかそんなんじゃないですから、ご心配なく」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加