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岩場に背を向け浜に向かって戻り始めた友弘の後ろを、
その女は黙ってついて来た。
しばらく歩いて、友弘は立ち止まり、女を振り向く。
女も立ち止まり、決まり悪そうに友弘を見る。
「そんな監視するみたいにへばりつかなくても、
飛び込んだりしませんから」
「え、っと……すみません、一人だと怖くて……。
一緒に行っていいですか?」
「は? じゃあなた、あそこまでどうやって来たの?」
女は困ったように、でも屈託なく答えた。
「いやちょっと、夢中で……あそこの定食屋さんからあなたが見えて、
定食屋のおばちゃんに子供預けて来ちゃいました」
「……はあ」
変な女。
単なるお節介ならいいが、本音がどこにあるかはわからない。
親切顔して寄って来るマスコミ関係者など、ごまんといる。
関わらないのが得策だ。
特に会話もないまま浜まで戻ると、
女は友弘に一礼して、浜のそばの定食屋に入って行った。
夏場は海の家にでもなっていそうな佇まいのその定食屋の入口には、
バスの時刻表が貼ってある。
ふと見ると、次のバスまでは1時間弱。
こんなことならもう少し岬でゆっくりして来るんだった、と、
友弘が時刻表の前で溜め息をついているところへ、
定食屋からさっきの女が出てきた。
生後まだ何ヵ月かに見える乳飲み子を抱いている。
時刻表を眺める友弘を見ると、再びおずおずと声をかけてきた。
「バスですか?」
「ええ、まあ……上りでも1時間に1本なんですね」
「私は下りですけど、この時間帯、どっちも1時間に1本しかないから」
「そうみたいですね」
「……それじゃ、お気をつけて」
女は丘を上り始める。
なんとなく。
気になった。
友弘は、女の背中に呼びかけた。
「メシでもどうですか。ちょうど定食屋だし」
腕の中の子供からパッと視線を上げ、振り向いた女は、目を真ん丸にしていた。
「下りも1時間待ちでしょ?
奢ります。心配してもらったお礼に」
「……はい!」
女は安堵したように頷き、初めて友弘に満面の笑顔を向けた。
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