岬にて

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「おばちゃーん! 有り合わせでいいからふたつ、何かできる?」 「あれ? 和美ちゃん、まだいたの?」 「さっきの人が、ご飯食べたいって。私も一緒に」 「あらまあ、それはいらっしゃいませ。 昼の残りで良けりゃ、適当に作るけど」 「ごめんね、片付けた後なのに」 恰幅の良い割烹着の女将が、笑って迎えてくれた定食屋で、 なごみ、と呼ばれたその女に案内されるままに、 四人掛けのテーブル席に向かい合って座った。 脇の席に子供を寝かせてから、 和美は友弘に向き直った。 「ここで働いてるんです、私。 子供をね、奥に寝かせといてくれて、合間に様子見に行かせてくれるから、ここのおばちゃん。 今日はたまたま夜の部が臨時休業で、 昼の部を片付けて帰ろうとしたら、あなたが岬にポツンと立ってて。 昼からずっと、何か危ない、っておばちゃんと話してたのに、まだいるから、気になって」 「ほいよ! 本当に有り合わせだけど」 テーブルに、湯気の上がるご飯と味噌汁、煮物と鯵フライが並べられた。 「ありがと、おばちゃん」 「何てことないよ、これくらい。 お兄ちゃん、お代わりあるからね。人間、きちんと食べてりゃどうとでもなるもんさ」 「……どうもすみません」 どうやらこの店で、自分が自殺志願者として気を揉まれていたらしいことがわかり、 友弘は少々恐縮しながら、味噌汁を口に運ぶ。 「俺、そんなに悲壮感漂わせてたかな……」 「さっき見たらそうでもなくて、ちょっと脱力しました」 「はは、だろ?」 「でも異様です、釣りでもないのにあんな所に3時間なんて」 「だよな。ご心配かけました」 友弘は、テーブルに両手をついて、おどけながら頭を下げた。 「ホントですよ! でも食欲あるなら大丈夫ですね」 「だから、最初から大丈夫だって」 笑いながら友弘は煮物をつまむ。 和美は、子供に視線を移し、その頬を撫でながら言った。 「でも……心が、こっちにないような感じだったから……」 返す言葉が見つからない友弘に、慌てたように和美は言葉を継いだ。 「たくさん食べて下さいね、東條さん。 お代わりいかがですか?」 東條の名前を耳にして、友弘は箸を止めた。 しまった、という顔の和美を睨む。 「……もう『東條』じゃないですけどね」
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