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懸命に話題を変えようとする和美に、他意がないことは見て取れたが、
それがなおさら友弘に意地悪な言葉を吐かせた。
「父親は?」
「この子が生まれる前に他界しました。でも子供の頃から、入退院を繰り返してばっかりのあの人をずっと見てきたから、覚悟はできてたし」
……子供の頃からの付き合いの相手。
ふと自分と綾子を重ね合わせて、友弘は苦笑した。
綾子も子供が欲しいと言っていた。
友弘は、旅行と同様、のらりくらりとその話題を避けてきた。
綾子の心を得られなくても、子供を挟んで家族としての関係を築く選択肢だってあったのに、
友弘はそこに足を踏み入れるのをためらった。
結局は心のどこかで、逃げ出したかったのかもしれない。
「でも、ホステス辞めて良かったと思ってます。
そりゃ生活は苦しくなったけど、朝陽も、夕陽も、この子と一緒に見ることができる。
お陽様の下で散歩できる。
お陽様の光って、すごいですよね。なんか、本当に力が湧いて来るでしょ」
光溢れる笑顔で、和美はそう言った。
「お陽様か。……そうだな」
暗い水底に沈めていた、子供の頃の記憶。
本当は明るかった海水浴の記憶を、
暗い海の底から取り出して、もう一度光を当ててやりたくて。
ここに来たのは、そのためだったのかもしれない。
綾子の記憶の中にいるのは兄貴だけじゃない、
俺だって、そこにいるのだ。
まばゆい夏の光の中で、
綾子の隣で弾けるように笑っていた自分も、そこに、きっと。
「……うぇ……うぇ~っ……」
「あ、一也、起っきしちゃったか~、よしよし」
和美が子供を抱き上げる。
綾子との間では、見ることのできなかった光景。
なのに不思議と痛みはなく、むしろ力強く暖かな光が灯るのを、友弘は感じていた。
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