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その背中にどこか見覚えがあった。
歩いていた私は立ち止まり、店内を見た。
窓越しに見えたその人はしばらくすると店員と話すために横を向いた。
あの頃と変わらないくしゃっとした笑顔。
あの頃とは違い、黒縁メガネをかけている。
私は思い切って店内に入った。
「いらっしゃいませ」
カフェのマスターはコーヒー豆を引きながら挨拶をした。その声につられてその人も振り向いた。
「君は――」驚きと笑顔が混ざった表情。
「お久しぶりです、先生」私は頭を下げた。
「2人は知り合いで?」
「はい」
「ええ」
「じゃあ、阪井さんの隣に座るといい。どうぞ」
その人――阪井先生の隣にお邪魔する私。
「ご注文は?」
「ええっと、カプチーノを」
「かしこまりました。阪井さん、コーヒーのお替りは?」
「じゃあ、お願いしようかな。ブラックで」
ではごゆっくり、そう言ってマスターはコーヒーを淹れ始めた。
隣にいる先生に会って今更ながら緊張する。それに、久しぶりに会って何を話せばいいか分からない。思い切ってお店に入ったというのに。私のバカ。
沈黙の中、自分を責めていると先生が口を開いた。
「髪」
「え?」
「髪、伸ばしているの? 似合っているね」
頬が熱くなるのがわかった。
似合っている。この言葉だけで心臓がどきどきした。
「あ、ありがとうございます。先生もメガネ、変えたんですか?」
「ああ、これ? これはプライベートのときにかけてるやつ」
「そうなんですか」
先生は横にあったアップルパイを頬張った。
甘いのが好きなのはあの頃と変わらない。
「今は大学生?」
「はい。そうです」
「時の流れは速いねえ。僕なんかあっという間におじさんだ」
「そんなことないです」
先生は確かまだ30代のはずだ。
「女子大生から見たら充分いい年したおじさんでしょう」
ふっと笑いながら言った。
「学校は楽しい?」
「ええ。先生は仕事、楽しいですか?」
「仕事ねえ……」
先生が黙り込むとカプチーノとコーヒーが運ばれて来た。
ひとくち、カプチーノを飲む。そして先生の横顔を見る。
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