其の弐_記憶喪失

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「ふぁーあ。眠い、もう寝よっと。」 一条あかりは繕い終えた制服をハンガーに吊るして、輪ゴムで留めたポニーテールを ほどき、シュシュの形をした「笥魔舗」(スマホ)をキュキュッとこすって、元のモニター付きの 板状に戻す。 笥魔舗を枕元に置き、布団を頭から被り、眠りに就いた。 夢の中で、新品の制服に身を包んだあかりが立ち上がる。 いつものツギハギだらけの白ブラウス、くすんだ赤いリボン、同じく擦れてチェック柄が滲んだように なっていたスカートは、まっさらな純白のブラウス、輝くほど赤いリボン、鮮明な グレー/レッドチェックのスカートに生まれ変わっていた。 ここはどこかの南の島のようだ。椰子の木が生い茂り、たわわに実った薄緑色の椰子の実 が見え、足元には砂浜が広がり、その先にはコバルトブルー一色に澄んだ海が見える。 「きっとこれは夢ね。折角だからあの椰子の実をいただこうかしら。」 あかりが両手両脚で椰子の木にしがみついてよじ登ろうとすると、 大きな掌状の椰子の葉の影からヤシガニが這い出て鋏でパチンと椰子の実を茎から切り離す。 「ありがとう。なんてタイミングがいいのかな。」 ボトッと鈍い音と共に砂浜に落下した椰子の実。丁度良く堅い実の先端に切れ込みが 入っていて、中の果汁がそのまま飲めるようになっている。 あかりが砂浜に腰を下ろし、ラッパ飲みで甘酸っぱい椰子の実の果汁を堪能した。 口をついて、「椰子の実」を歌い始めた。 名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ ふるさとの岸を離れて なれはそも波に幾月 もとの木はおいや茂れる 枝はなお影をやなせる 我もまた渚を枕 ひとりみの浮寝の旅ぞ (不思議な南の島の夢。夢なのに、椰子の実果汁を甘酸っぱいと感じ、 椰子の実の歌まで歌ってしまう。何だろうこの現実に近い感覚?)
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