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あかりがそう思っていると、
後ろから続きを歌う若い男の声がする。
実をとりて胸にあつれば 新たなり流離の憂
海の日の沈むを見れば たぎり落つ異郷の涙
思いやる八重の汐々 いずれの日にかくにに帰らん
黄土色の帽子・上衣・ズボンに身を包んだ17、8歳くらいの若い男、
歌声の主がすっと現れ、あかりの隣に腰を下ろす。
「あなたは、水の精霊さん? 今度は本当に夢に出てきたのね。」
「実は、じ、自分は水の精霊ではないのであります。
この椰子の実という歌は自分が任務に就いた時に流行っていた新曲であります。」
あかりは今果汁を飲んだばかりの若い椰子の実を見つめると
あの時、西扇島海浜公園のテトラポッドの間の波しぶきから掬い上げた
年季の入った椰子の実と同じように
「大日本帝國萬歳 聖戦士之証」と側面に刃物で抉って書いた
ような文字を発見した。
(一体、どうなってるの?)
あかりがそう思った瞬簡に視界は全て闇に包まれ、
記憶が全て喪失した。
記憶にあることは、自分の氏名程度だった。
視界が明るく開けると、あかりの身なりは、ツギハギだらけの縦縞の木綿の筒袖・もんぺ姿
になっていた。腰に巻いた木綿の帯の正面には「愛國女子挺身隊」と大きく墨で書かれていた。
薄暗い工場らしき大きいがあちこちのに穴の開いた粗末な建物の中で
なにやら同年代の女子達が大勢で同じように筒袖・もんぺ姿で一生懸命に食糧らしき塊を
手作業で金属の缶につめている。
(今度はいきなりもんぺの缶詰屋さんなの?)
次の瞬簡にウオオオオーンとがなり立てるようなサイレン音が鳴り響き、
ドロドロドロと空から聞いた事の無い機械音が近づいてくる。
「艦載機だ!山に逃げ込め!」その声の直後に工場の屋根を突き破って
ロケット弾のようなものが突入し、爆発音と共に出来上がった缶詰めの山もろとも
女子工員達を粉々に吹き飛ばす。
(早く逃げなきゃ。)
女子工員の1人が「一条さん、こっちこっち」といって工場の出入り口で手招きする。
工場の中はついさっきまで人間だった人たちが肉の塊になってあちこちに
缶、食糧、と同化して散乱している。
(今度は私を殺すつもり?)
青ざめたあかりは、走って工場の出入り口から抜ける。正面に小川が流れ、
その先には竹薮があり、森林に覆われた山へ、草を掻き分けた程度の小路が
工場から続いている。
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