中毒者

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「椎名課長の喫煙をとがめるべきです」 「まあまあ、落ち着きたまえよ。君、ねえ」  不意に部長の挙動が不審になり、やたらと目配せをしてくるのでもしやと思い振り向いた。部長室の入り口には椎名が立っていた。 「陰口とは関心せんな」  喫煙室から帰ってきたのだ。私は彼の接近に気付けなかった盲目の己を激しく叱責した。ただ、だからどうとなるわけではない。部長が狼狽する最中でも、舌戦の舞台は整いつつあったのだ。  私は持ち込んでいたボトルコーヒーに口をつけ、喉を潤した。先に切り込んできたのは椎名のほうだった。 「話は聞いていたよ。俺の喫煙に割く時間が多すぎると言いたいんだな?」  とはいえ、椎名は私の直属の上司である。先述の通り、忌み嫌っているわけではないから本人の前で批判的になるのは少しはばかられた。意見と批判は似て非なるものなのだ。  そんな風で、私が口ごもっていると、椎名は独りごちる調子で続けた。 「あまりこういった仕事以外の話に時間は割きたくない。この件に関しては上司と部下の関係は忘れてもらって構わんから君の考えを教えてくれ」  私は冷や汗をぬぐった。当事者からお許しが出たのなら話は早い。私は端的に発言を要約した。 「椎名課長はニコチン中毒です。禁煙するのが会社のためにも、課長自身のためにも良いと思うのですが」  椎名の整った眉がきりりとつり上がった。反証を用意するときには彼はいつもこうなる。私は身構え、緊張をボトルコーヒーで紛らわせた。心なしか数段、苦く感じられた。
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