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「何か見つけたか?」
「これがソファの下に」
大和が持っていたのはやや小ぶりな牛乳瓶だった。底の方に少しだけ水が溜まっている。「なんだ、ただの牛乳瓶じゃないか。それにしても何もない部屋だな」
僕はふたたび壁際に戻ると、ぐるりと部屋の中を見回した。十代の男子の部屋なのだから、漫画やゲーム、それこそ猥褻図書のひとつあってもおかしくないが、そんなものは欠片も見つからない。
「ホテルみたいだよね」
「その表現は正しいかも」
するとクローゼットの中のシャツを乱暴に鞄に詰めていた有栖川が頷いた。
「行天はたぶん、ひと月のうち、片手に数えるくらいしかこの部屋に帰ってなかったと思う」
「普段はどこに?」
「女の子の部屋じゃないの?」
段ボールに本棚の楽譜を詰めながら、有栖川はしれっと答えた。
「恋人がいたんですか?」
「恋人はいたけど、ほかにもたくさん女の子を食い散らかしてた」
その発言で純情なアマデウスファンの心はもうズタボロだった。だが、心の葛藤を如実に表情に表しながらも、大和はめげずに質問を続けた。
「その……有栖川さんはアマデウスさんと極めて親しいご友人だったんですよね」
「そうだと思うよ。少なくとも彼のファンとは一線を画してた。でも、友人っていうより、私たちは同志だったんだ。アマデウスとオペラを作るのは最高に楽しかった。本当ににいい仲間を失ったよ」
そう言う有栖川の声からは、このとき初めて、本物の悲嘆のような感傷が感じられた。
「誰もが羨む美青年で、天才音楽家の彼がどうして死ななくてはならなかったんだろうね。いろいろ言われてはいたけど、結構いい奴だったんだよ。実際は誰よりも繊細で、努力家だった。まあ女癖は最悪だったけどね」
女性に優しくて口が達者だけど、執着しない質だったから、と有栖川はニヤリと口角を上げた。
「もしアマデウスが殺されたとしたら、その犯人に心当たりはありますか」
すると有栖川の動きがピクリと止まった。えっと、と片づけの手を止め、有栖川は首をひねった。その目はわずかに泳いでいた。
「行天は……病死でしょ?」
「有栖川さんはそう考えているんですね」
「そりゃそうだよ」
そう答える有栖川の口調はやけに早口だった。
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