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ここ、H文化芸術学院は、世界で活躍する芸術家を多数輩出する、東洋屈指のミッション系芸術アカデミーだ。
T県の山奥にある全寮制のこの学校では、十代の生徒の全員が親元を離れ、学院内の寄宿舎で共同生活を送っている。娯楽の少ない生徒たちにとって、学院のスター的はテレビの中の芸能人と同等の、いや、それ以上の価値を持つ。
「たしかに彼は、愛と美の女神アフロディーテが愛したギリシャ神話きっての美少年、アドニスのように美しかったけど、そのことと彼の音楽とは別物だよ」
アマデウスがアドニス!
僕が思わず吹き出すと、大和はムッとした顔で僕を睨んだ。
「それにそんなことは、あなたが一番よく知ってるはずでしょ? だってあなたとアマデウスは親友同士でしょう?」
「まさか」
僕は大きく口を開けて笑ったあと、大げさにため息をついてみせた。
「彼とは地元が同じだけの、腐れ縁さ」
「そんなはずないよ、だって僕は、あなたとアマデウスが旧ホールで一緒にピアノを弾いていたのを見たことがあるよ」
「旧ホール……」
学院の隅に忘れられたように建っている、古い木造建築のホールだ。老朽化のため、生徒の立ち入りは禁止されており、たしか来春には取り壊されるという。
「見間違いだよ」
僕は顔にかけた白いマスクの下に狼狽を隠し、そう言った。
だが、大和は僕のその同様にはまるで気づかず、窓の外の鉛色の空を見上げ、目を閉じて祈るように十字を切った。
「まるで彼の死を悼むかのように雨が降り続いてる。もしかしたら神さまも、彼の死が人類にとってどれほどの損失だったのか知っておられるのかも」
大和の言うとおり、校舎の外では大粒の雨が窓ガラスを叩き、強い風が唸り声をあげていた。
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