第三十七章 語り継ぎ

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「……おしまい、おしまい」 こう言って、叔母は昔話を締め括った。 私は恍惚として、物語を聞き入っていた。昼間に始められた話が、終わると夜になっていた。 「ちいちゃん、今回の話はどうだったかな?」 「すっごく、すっごく気に入ったよ!」 私は力を込めて言った。 それにしても、凄い叔母だと私は思った。どうやって史実を掘り出すのか、ようやく分かった気がした。 歴史書ももちろん大事だが、寺社を巡って話を聞いたり、各地の伝承を集めたり、古くからの芸能を調べたりしたのだろう。 だから、彼女はほとんど家にいなかったのだ。 そして私は中学生になり、高校生になり、大学生になり。歴史を教える高校教師になった。 残念ながら、その頃に叔母は亡くなったのだが、私は決して聞かせてもらった話を忘れなかった。 週末の授業は必ず最後の十五分を取り、語りの時間、と銘打っては生徒達に話して聞かせた。 「語りの先生!」 「語りの先生ー!」 高校の廊下で呼び止められて、私は振り向いた。 女子生徒数人が、こちらに向かって走ってくる。 「そのあだ名、一体誰が考えたの?」 嬉しさと恥ずかしさを混ぜて、私は笑った。 「あ、それと、廊下は走っちゃ駄目だからね」 「はーい、ごめんなさい」 生徒達も笑いながら謝る。 「先生。語りの時間をもっと増やしてくださいよ」 「毎時間三十分にしてくださいよ」 「こらこら、授業はどうするの」 私は軽く小突いた。 「だって、続きが気になるじゃないですか」 「尊道はどうなっちゃうんですか?」 「蓮と雲戒も気になるけど、私は頼実が一番気になる!」 「あんた、カリスマにやられたんでしょ」 楽しそうに話す生徒達を見て、私も楽しい気分になる。 「ねえ、先生。授業も物語形式でしてくださいよ」 「あ、それいい」 「絶対その方が楽しいし、頭に入ると思うんですよね」 「先生、お願い~」 「なるほどね。あんた達、たまにはいい事言うじゃない」 「ひっどーい!」 「冗談、冗談。分かったわ。私もさらに忙しくなるわね」 「やったあ!」 この期待に応えようと、一から人物や人間関係を整理し、あらゆる書物を読み漁った。 尊敬する叔母は、天国で見守ってくれているだろうか。叔母の影響を受けて歴史好きになり、生徒に教えるまでになった私を。
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