第三十六章 舞の中で

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「一体誰が、別れは悲しいなどと言ったのでしょうね」 唐突な言葉に、蓮はただただ相手を見る。 雲戒は微笑みを浮かべたまま、遠くを見た。 「親しくなった者と別れると、確かに寂しいかもしれません。それでも、出逢った事を後悔するでしょうか。別れを悲しむくらいなら、出逢わなければ良かったと思うでしょうか。私は……、少なくとも私は、貴方に出逢えて良かった」 葛藤こそあったが、彼女との出逢いは貴重だった。 今なら、心の底から良かったと言える。 「私も……!」 蓮は拳を握り締めた。 「雲戒さんとの別れを悲しんだりはしません。出逢えて良かったと、心から思います」 関わった回数こそ少なかったが、彼はいつも助けてくれた。 その支えがなかったら、正直ここまで気丈に振る舞えたか分からない。 雲戒は体をまっすぐ向けた。 くい、と笠を下へ引いて、大きな手を差し伸べる。 蓮も細い手を差し伸べた。 そして、しっかりと握る。 冬の寒さでお互い氷のような冷たさだったが、そんな事で妨げられはしなかった。 二人はそっと手を離した。 そして、雲戒はひらりと向きを変えた。 黒一色の背中が、さようならと。 そう言っているようだった。 両足が動いた。大柄な彼が徐々に小さくなっていく。 「……」 蓮は黙って彼を見送った。 遠退いて見えなくなる瞬間、鉄製の杖が鋭い光を放った気がした。
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