第一章 伝え話

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語りの先生、と呼ばれるようになって、十年余りが経つ。 そのきっかけを作ったのは、歴史研究家の叔母だった。 私がまだ小さい頃、叔母は家へ遊びに来ては、昔話を聞かせてくれたものだ。 職業柄、毎日各地を飛び回り、誰も知らないような話も、数多く知っていた。 「ちいちゃん、お土産があるよ」 にこにこと笑い、叔母は決まってそう言った。 私はその度に喜んで、早く、と急かした。 叔母は軽く緑茶を啜り、では、と言って昔話を聞かせてくれた。 歴史研究家である一方、難しい話を子供にも分かるように伝える才能があったようだ。 その昔に実在した登場人物達は、誰一人色あせる事なく、活き活きと当時の輝きを放っていた。 聞かせてもらった物語は、恐らく二十を超えると思う。 貴族の姫君の話、勇ましい武士の話、世俗離れた旅人の話……。 どれも私のお気に入りだが、中でも一番好きなのは、神に仕えた舞方の話だ。 「今回は手強かったなあ」 この話をする時、叔母はくすくす笑っていた。 「このお話はね、ちいちゃんの住む所から、あんまり離れていないんだよ?」 私の地域で昔起こった物語。 それなのに、知っている人は一体何人いるのだろう。 一見埋もれ、消されてしまった史実を、叔母はどんな手を使ったのか、掘り出してきたのだ。 では、今から私がその物語を、貴方に話そうと思う。 もっとも、叔母のように活き活きとは伝えられないかもしれないが。
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