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一
時子さんと知り合ったのは七年以上前だ。二〇〇九年の四月、僕がパイロット養成学校に入学してまもなくのことだった。
その前に都内の四年制大学に二年通っていたが、環境が合わなかった。将来への指針もなく飲み騒ぐ連中が哀れだったし、どういうわけかそいつらに劣っているような気分になるのも癪だった。だから、一般的な見方ではワガママになるんだろうけど、八十単位を棒に振って中退した。
そういうことをすると、決まって「親の財力に甘えたんだ」と言われるし、実際父親はゴシップ出版社で副社長をしている。また、プライドが高すぎる自分を捨てなかった唯一の家族である僕に対し、父が度々援助を申し出てきていたのも事実。が、僕は高校卒業以来一円たりともせがんだことはないし、それ以前も人並み以上の小遣いを貰ったことはない。
努力をサボって勝手にひがんでくる貧乏人には、「奨学金用の勉強と週七のアルバイトでやっと稼いだんだよ。で、お前は今日は休み?」と言い返し、時にはイビり返している。小さい頃から連中が散々嫌な目で見てきて、僕にコンプレックスを植え付けたからこそ、今の自立心と自立力が育まれたのだ。そのぐらいのお礼はして差し上げるのが礼儀である。
そうして郊外に引っ越して、当時興味があった航空機系の専門学校に入学した。
しかし、新たな学校生活は、勉強量や労働量に見合うほど輝かしくはなかった。タチの悪い飲み会サークルもあるようだったし、前にいた大学よりも治安が危ぶまれる教室だってあった。それに、二十歳と十八歳の温度差には順応できなかった。事前に考慮していなかったが、この年頃は繊細なのだと思い知った。
良いことは二点だけだった。勉学に将来への限定的なベクトルが示されたことと、過去最高に魅力的な女性に出会えたことである。
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