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「そっか、近いね。仲間だね塩見君」
他の人と違い、シでなくオミにアクセントを置く呼び方だった。下の名前を呼ばれているような気分になる。
「お、来た。美味しそう」
幕張さんがトレイを持ってやってきて、時子さんと僕の前にカレーライスを置いた。さらに、「サービスです」と言ってアイスティーをくれた。時子さんは大袈裟なぐらい喜んだ。僕は節約癖でドリンクを頼んでおかなかったことを恥じつつ、一緒に礼を言った。
カレーライスはいつものごろごろした中辛だった。いつも食べているものを美人と向き合って食べると浮き足立つが、エキサイティングでもあった。
「いい子だよね──ぁチッ」
時子さんは猫舌のようだった。
「ダメだ、まだ食べらんない。数少ない友達だなぁあの子は。戻ってきたらホントにアウェイでさー。首席と親友だった頃もあったのにな。今頃フライト中かな」
数年来の友達と話すみたいに普通に接してくれる時子さんに、僕は半ば恍惚状態になった。食べるのと聞くのと見る割合が、一対三対六ぐらいだ。
「温度差がありますよね。二~三歳違うと」
ありきたりな返事しかできず情けなくなる。もっと気の聞いたセリフが出てこないものか。そんなことを考えていると、時子さんがクスクス笑いだした。
「真面目だなーさっきから。敬語だって使うことないのに」
「あぁ……」
そう言われて僕は、苦笑いした。今まで真面目さを本気で馬鹿にされることばかりだったが、時子さんに上目遣いで言われると不思議と不快じゃなかった。話者の心根の違いだろうか。
そして僕は、何を思ったか──後になって、性欲の仕業かもしれないと思い至ったが──敬語からタメ口に変えるでもなく、突拍子もないことを言った。
「先輩、今度、お酒でもどうです」
勢いに乗りすぎた。時子さんの細い両目の上で、眉も吊り上がる。
けれど顔全体を見れば、怒った表情ではなかった。
「お酒ねえ……、どっかおすすめある?」
時子さんの口角が上がるのを見て、僕は一気に安堵した。峠を越えたのを感じた。顔に出ていたかもしれない、スパイスより濃い柑橘の記憶。
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